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ドクター・フィールグッド:オイル・シティ・コンフィデンシャル(日本公開2011年)

公開日: : 最終更新日:2025/11/20 Dr. Feelgood/Wilko Johnson

ドクター・フィールグッド:オイル・シティ・コンフィデンシャル

イギリスのエセックス州キャンベイ・アイランドは、石油の町「オイル・シティ」とも呼ばれている。そこで、リー・ブリロー、ウィルコ・ジョンソン、ジョン・B・スパークス、ジョン・マーティンの4人が、1971年にドクター・フィールグッドを結成。バンドはロンドンに進出し、パブを回ってはカヴァー曲を演奏していた。

やがてレーベルと契約し曲を書き、1975年にメジャーデビュー。イギリス国内だけでなく、ヨーロッパやアメリカでもツアーをおこなう。年に100本以上という、尋常ではない数のライヴをこなしていたが、バンドは疲弊してくる。曲作りを一手に担っていたウィルコはプレッシャーに苛まれ、3人とも対立して1977年に脱退してしまう。

パブロックを代表するバンドのひとつ、ドクター・フィールグッドのドキュメンタリー映像だ。リー・ブリローは1994年に亡くなっているが、存命中のインタビューが組み込まれている。ほか3人とブリロー夫人は、この映像のために撮影やインタビューに応じている。監督は、『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』『ビギナーズ』などを手がけたジュリアン・テンプルだ。

キャンベイ・アイランドはロンドンの東、テムズ川沿いにある町で、その中で同じ趣向の4人が出会ったのは奇跡に思える。ただ、ロンドンに繰り出してからしばらくは、苦戦を強いられた。ライヴは大盛況だったが、なかなか話題にはならなかった。当時は、プログレやグラムロックが隆盛だったからだとされている。

パブロックのムーブメントは、ロンドンパンク直前のイメージでいた。しかし、ドクター・フィールグッドのメンバーはセックス・ピストルズやクラッシュ、ダムドの面々らよりも少し世代が上で、彼らに影響を与えてもいたが、世に出るのが少し早かったとも思える。

ジョン・ライドンが彼らのライヴを観たことは、劇中で関係者に証言されている。リチャード・ヘル、グレン・マトロック、ジョー・ストラマーはインタビューに応えている。特に、ジョーはウィルコと同じモデルのテレキャスターを買ったそうだ。ウィルコはピックを使わない理由を、もともと左利きで、右利き用ギターを使っているからと明かしている。

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