昭和40年男 2026年2月号 Vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃~No Future for YOU」
公開日:
:
書籍 PiL, エルヴィス・コステロ, セックス・ピストルズ, パティ・スミス, フジロック
『昭和40年男』という、このタイトルの前後に生まれた人をターゲットにした雑誌がある。パンク/ニューウェイヴを特集した号を読んだ。
音楽雑誌でも時折扱われるテーマだが、こちらは当時を実体験したアーティストへのインタビューを主体としていた。聞いたことのないエピソードがいくつもあって、なかなか興味深かった。小山田圭吾、サエキけんぞうは、このテの企画には頻出するイメージだ。
写真家ハービー山口は、スリッツの撮影に行った際に楽器はできるかと言われ、フルートを少しだけやったことがあると伝えると、ツアーに帯同する話が来た。同じ頃に雑誌社から仕事のオファーがあり、どちらを選ぶかをカルチャー・クラブ前のボーイ・ジョージに相談。お前は、音楽の才能はないから写真の仕事にしろと言われたそうだ。
ヒステリックグラマーの北村信彦は、パティ・スミスの『Piss Factory』を聴いて衝撃を受け、彼女に手紙を書いた。2002年のフジロックでバックステージに招待され、写真集のプロデュースを任された。北村は完成前にチェックしてもらうことを申し出たが、すべて任すと言われて逆にプレッシャーになったそうだ。
この年のフジロック、パティは3度ステージに立った。初日フィールド・オブ・ヘブン、2日目レッドマーキー、この2回はワタシもその馬にいた。そして、ジプシーアヴァロンという小規模のステージにも立つことが当日発表された。ワタシはこの情報はキャッチできず、ほかのステージにいた。彼女は、日本に原爆を落としたことをアメリカ人として謝るという声明を出し、『Piss Factory』を始めた。
音楽プロモーター麻田浩は、70年代のエルヴィス・コステロ初来日時、話題性とチケット販売促進を狙って銀座ゲリラライヴを計画。やがて、日高正博と共にスマッシュを設立した。福岡のロックアーティストたちを「めんたいロック」と名づけたのは、このふたりだそうだ(当人たちは嫌がっていたとか)。
日本のパンクシーンも取り上げ、『爆裂都市』に言及するなど、こちらも興味深かった。全般的には、ロンドンパンクに多くのページが費やされていた。
ワタシは世代的に後追いでパンクに触れているが、もしセックス・ピストルズをリアルタイムで聴いていたら、衝撃を受けただろうかと思うことがある。はじめてアルバムを聴いたときは、結構スローに感じていた。解散後にジョン・ライドンが結成したパブリック・イメージ・リミテッドには後追いでも衝撃を受け、『Flowers Of Romance』を自分のサイトのタイトルに引用させてもらっている。
関連記事
-
-
ライヴ・イン・ジャパン 60’s~70’s
90年代に出版された書籍だが、70年代までの洋楽アーティストの来日公演を特集した本を久々に読
-
-
ロック・クロニクル・ジャパン Vol.1 1968ー1980
個人的に、洋楽ロック史はざっくりではあるが認識しているつもりでいる。しかしながら日本のロック
-
-
ロック・クロニクル・ジャパン Vol.2 1981ー1999
日本のロックの歴史を綴った書籍、『ロック・クロニクル・ジャパン』。Vol.2は1981年から
-
-
日本ロック雑誌クロニクル
日本の音楽雑誌の変遷を辿りながら、日本におけるロックの歴史を描いている『日本ロック雑誌クロニ
-
-
「『at 武道館』をつくった男」を読んだ
ソニーミュージックの(元)名物ディレクター野中規雄氏の半生を綴った本、「『at 武道館』をつ

