YMOワールドツアー「FROM TOKIO TO TOKYO」
YMOの2度目のワールドツアーにかかるふたつの映像が、フジテレビで放送されたことがあった(フジテレビNEXTでアーカイブ放送された)。ツアーは約3か月かけてヨーロッパからアメリカをまわり、ラストが帰国後の武道館4公演だった。
サポートメンバーは、第4のYMOこと松武秀樹、ギターの大村憲司、キーボードの矢野顕子。6人みなお揃いの衣装で、3文字のうちいずれかが赤字の「ymo」という文字がランダムに散りばめられた白地のシャツと黒地のズボン、腕に赤いバンダナを巻くというスタイルだった。
この時点でリリースされているのはサードアルバム『増殖』までで、セットリストは3枚および坂本龍一や矢野顕子、大村憲司のソロからとなっている。『ナイス・エイジ』の女性ヴォーカル部は、矢野が担っていた。実際の公演はさておき、映像で観る限りは細野晴臣はベースではなくキーボードを弾いていた(つまり6人中3人がキーボード)。
11月7日ロサンゼルス公演は、スタジオっぽい小規模な特設ステージでのライヴで、当時衛星中継されたそうだ。『東風』のときには三宅一生のファッションショーとして着飾ったモデルがステージと客席との間を練り歩いた。なかなか見ない光景だった。
12月27日のツアー最終となる武道館公演は、本編はほとんどステージのみのショットで、アンコールで客席をとらえたショットが組み込まれた。ほとんどの人が着席していて、YMOの演奏に手拍子するという、今観るとなかなかシュールな光景だ。
どちらの公演も、合間にイメージ映像が挿入されたり、演奏中のショットが突然分割されたり加工されたりして、はっきり言えば余計な演出だった。当時は、そうするのがスタンダードだったのだろうか。
当時、坂本と細野晴臣がバチバチやっていて、高橋幸宏が間に入っていたのは、今や定説だ。ステージでの配置も、向かって右に細野、左に坂本で、中央が幸宏だった。この配置は、21世紀の再々結成時も同じだった。今までは気にせず観ていたが、この並びには実は深い意味があることを改めて痛感した。
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