*

竹内まりや Music&Life ~人生の扉~ – NHK MUSIC SPECIAL

公開日: : 竹内まりや ,

竹内まりや『Precious Days』

2024年10月、10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや。リンクするように、テレビで特番が組まれていてた。

彼女が出身地である島根県を訪れ、生い立ちや幼少期を自ら語る。出雲の旅館の娘と聞いてはいたが、出雲大社のすぐ近くであることはこの番組ではじめて知った。敷地内でラジオ体操をしたことや、郡司の方々と家族ぐるみで交際していたことなどを語っていた。

彼女は6人兄妹の4番目で、3人の姉妹がいたそうだ。3人は子のつく日本的な名前だったが、自分だけ「まりや」と名づけられた。父が、海外の人でも読めるようにとの想いを込めたとのこと。ほか3人と異なるのは本人も不思議だったが、音楽家の道を進んでいくにつれ、感謝しているそうだ。

恩師と認める、高校時代の教師とも母校で対面。音楽に興味を持っていた彼女は英語の勉強には熱心で、アメリカへの留学の話があったとき、この教師は迷わず彼女を推薦。東京に出る前に海外生活を体験できたことは大きかったと、自ら語っていた。海外留学が決まったことは、地元の新聞にも掲載された。

歌手デビュー後、数年はアイドルのような活動を強いられ、やがて声が出なくなり歌うことを楽しめなくなってしまった。流れを変えるために活動を休止するが、ここで山下達郎との出会いがあったことが彼女にとっては幸運な巡り合わせだったと思う。以降、彼女は子育てをしながら曲を書くスタイルへとシフトする。

自身の作品リリースのほか、多くのアーティストへの曲提供をおこなった。本人はテレビにも出ずプロモーションもしていないのにヒットに恵まれたと言っていたが、映画やドラマの主題歌、CMとのタイアップが多かったのがヒットを生んだ要因だろう。

番組の終盤、恩師の方から「まりやはそのままでいい」と言われ、思わず涙した竹内まりや。これを記録し放送できただけで、この番組は大きな価値を生んだと思う。

関連記事

竹内まりや@日本武道館

竹内まりや@日本武道館

オープニングアクト「Box」の演奏中に会場到着。ビートルズファンをもろだししたサウンドで、当

記事を読む

竹内まりや、10年ぶりのライヴ

個人的なライヴスケジュールとして、マニックス、トム・ヴァーレインの次は、音楽性が大きく変わっ

記事を読む

竹内まりやのコンピレーション『Mariya’s Songbook』

竹内まりやが他のアーティストへ提供してきた楽曲の中から、30曲を竹内自身がセレクトした2枚組

記事を読む

竹内まりや「souvenir the movie Mariya Takeuchi Theater Live」

竹内まりや『souvenir the movie Mariya Takeuchi Theater Live』(ネタバレあり)

2週間限定公開の、竹内まりや『souvenir the movie Mariya Takeu

記事を読む

竹内まりや souvenir2025 mariya takeuchi live@Kアリーナ横浜

竹内まりや souvenir2025 mariya takeuchi live@Kアリーナ横浜

個人的に、竹内まりやのライヴを観るのは2010年と2014年の武道館に続き、3度目になる。過

記事を読む

  • 全て開く | 全て閉じる
PAGE TOP ↑