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ローリング・ストーンズ(The Roling Stones)、マッスルショールズでレコーディング

公開日: : 最終更新日:2015/06/28 Rollig Stones

ザ・ローリング・ストーンズ『スティッキー・フィンガーズ』

ローリング・ストーンズがマッスルショールズに立ち寄りレコーディングした時期と曲が、とても興味深い。

立ち寄ったのは、1969年12月2日と3日。この2日間で、『Brown Sugar』『Wild Horses』『You Gotta Move』の3曲をレコーディングしている。これらは1971年にアルバム『Sticky Fingers』としてリリースされ、『Brown Sugar』は先行してシングルカットされた。

1969年は、ストーンズの長きに渡る歴史の中でも激動の年だ。ドラッグに溺れバンドメンバーとして機能しなくなったブライアン・ジョーンズを解雇し、後任にミック・テイラーを迎えた。ハイドパークのライヴはテイラーお披露目を冠するはずだったが、ブライアンが自宅プールで謎の死を遂げたことにより、急遽ブライアン追悼と銘打たれた。

11月、バンドは全米ツアーを行い、ニューヨークのマジソンスクエアガーデンでも4公演をこなした。その後オルタモントでアイク&ティナ・ターナーやグレイトフル・デッドなども参加した野外公演に、トリとして登場。そしてそのストーンズのライヴ中、黒人青年がヘルスエンジェルスに殺害される「オルタモントの悲劇」が起こった。

マジソンスクエアガーデン公演の最終が、11月28日。オルタモントが、12月6日。このわずかなインターバルの間にストーンズはマッスルショールズを訪れた。今見てみれば、なんてスリリングなのだろう。マジソンスクエアガーデンのとき、楽屋にはジミ・ヘンドリックスが訪れていて、ミックがギターで『Brown Sugar』をさらりと弾いている。これまでなんとはなしに見ていた映像だが、これでひとつにつながった。

この時期のストーンズは、マネージメントのゴタゴタを整理し、ブライアンをレイオフし、と、バンドが切り替わって次のステップに向まさにかうモードになっていた。「オルタモントの悲劇」だけが、予期せぬ、そして余計なことだったのだ。

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