*

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ/アバーヴ・アス・オンリー・スカイ(2018年)

公開日: : 最終更新日:2022/12/08 John Lennon , ,

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ ABOVE US ONLY SKY(2018年)

のアルバム『Imagine』制作周辺を追ったドキュメンタリー映像を観た。

ジョン・レノンは、英国郊外のティッテンハーストパーク内に、邸宅を購入。シングル『Imagine』のPVでも確認できる、白い豪邸だ。そしてレコーディングができるよう、アスコット・サウンド・スタジオを開設している。

アルバム『Imagine』のレコーディングは1971年5月から始め、多くのアーティストたちに協力を仰いだ。クラウス・フォアマン、ニッキー・ホプキンス、ジム・ケルトナー、ジム・ゴードン、アラン・ホワイト、など。にも声をかけたが、結局来なかった。レコーディング全般を統制していたのは、フィル・スペクターだ。

当然ながら、オノ・ヨーコはほとんどジョンに寄り添っている。驚いたのは、前妻シンシアとの間の息子ジュリアンが、アスコットまで遊びに来ていたことだ(調べたら当時8歳だった)。ヨーコとの生活になっても、ジュリアンとジョンの交流はあったことになる。

ヨーコとジョンとの関係についても、スポットが当てられている。彼女の個展にジョンが訪れて、脚立を登ったところに「YES」の文字を見つけて暖かい気持ちになったという、ふたりのなれそめ。ベッド・インや『Give Peace A Chance』 のPV、ふたり揃ってのテレビ出演といった、既出の映像。音声のみだが、1980年のジョンのインタビューで、『Imagine』は自分だけの名義にしていたが、ヨーコのアイディア出し貢献度を認め、ふたりのクレジットにすべきだったと認めていた(現在はそのようになっているはず)。

当時の映像は画角が4:3、このために取った関係者のインタビューは16:9の画角になり、これらが頻繁に入れ替わる。インタビューに応えているのは、ヨーコやジュリアン、クラウス、アラン、ジム・ケルトナー、音楽誌の編集者、ジョンの秘書でアップル社の社員など。ジョン、ジョージ、フィル、ニッキーは既に亡くなっていて、アランも今年亡くなった。映像の記録はもちろん貴重だが、時の流れは残酷にも思えてしまう。

ヨーコは田舎暮らしに寂しさを覚えてしまい、察したジョンは拠点をニューヨークに移してレコーディング仕上げをおこなった。以後、ふたりがティッテンハーストパークに戻ることはなかったそうだ。

関連記事

ジョン・レノン、ニューヨーク(2010年)

ジョン・レノンが住み、愛し、そして最期を遂げた街、ニューヨーク。そのニューヨークをキーワード

記事を読む

バックビート(1994年)

デビュー直前のビートルズに在籍していた、スチュアート・サトクリフを主人公とする伝記映画だ。ス

記事を読む

ダブルファンタジー展

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「ダブル・ファンタジー」展に行ってきた

今年はジョン・レノン生誕80年、没後40年にあたる。誕生日の10月9日から展示がはじまってい

記事を読む

Peace Bed アメリカ VS ジョン・レノン(2006年)

ジョン・レノンの半生を追ったドキュメンタリー映画で、「アーティスト」よりも「活動家」としての

記事を読む

ジョン・レノン(John Lennon)『Sweet Toronto(DVD)』

ジョン・レノンは、1969年9月にカナダで行われた野外イベントに出演。その模様はアルバムと映

記事を読む

  • 全て開く | 全て閉じる
PAGE TOP ↑