Radiohead 2008.10.5:さいたまスーパーアリーナ

約4年半ぶりの来日公演だ。東京圏では、2001年のときは武道館や横浜アリーナサマソニを経ての2004年のときは幕張メッセ、と、会場のキャパシティは拡大の一途をたどっていたが、では今回はどこになるかな?と思っていたところ、さいたまスーパーアリーナとなった。横アリは全席指定、メッセはオールスタンディングだったが、さいたまはアリーナをスタンディング、スタンドを座席というスタイルにしていて、規模を拡大しつつより客の自由度の幅を広げた格好だ。横浜市民としては、会場まで行くのに小旅行状態になるのがやや難点だが(笑)。


定刻となり、まずはオープニングアクト。モードセレクターというデジタル系のユニットで、ステ−ジには既にレディヘのセットが設置されており、前方にこぢんまりと彼らは陣取っていた。正面の卓に2人いて機材を操り、向かって左にも卓があって、そこにひとりが半身の状態でやはり機材を操っている。小さなスクリーンも用意されていて、映像や彼らのイメージキャラクターらしきサルなどが映し出されていた。音はいわゆるダンス系だが、さすがにレディヘと音楽的な接点を見出すのは難しく、場内を包む雰囲気が余興やってるな的なものに留まっていた感は否めない。彼らはレディヘの全公演に帯同するほか、11日に幕張メッセで行われるDiesel XXXというイベントにも出演するそうだ。





セットチェンジを経て、いよいよそのときが来た。場内が暗転してシンフォニーのSEが鳴り響き、場内は悲鳴にも似た歓声が沸き起こる。暗い中をいつのまにかメンバーが現れ陣取っていた様子で、ステージが明るくなったと思ったら、既に5人がスタンバイしていた。シンフォニーはやがて打ち込み系のSEへとシフトし、そのまま『15 Steps』へとなだれ込んだ。いよいよ、ライヴが始まったのだ。


この日の私のポジションはステージ向かって右、というよりほとんど真横に近いスタンド席。ステージに近いは近いが、角度的にはかなりキツく、ジョニー・グリーンウッド~トム・ヨーク~エド・オブライエンの3人をほとんど縦一列に近い状態で観るという具合だ。ステージ後方には横長のスクリーンがあって、どうやら5分割されて5人のメンバーをそれぞれ捉えているようなのだが、残念ながらよく観えなかった。ステージの上部からは長短さまざまな棒状の電飾が垂れていて、これらがまぶしく閃光する。それが、『15 Steps』のデジタルな曲調にとてもマッチしている。


このまま新譜『In Rainbows』の世界観が繰り広げられるのかと思いきや、意外な展開に。トムがギターを手にし、ジョニーのリフで始まったのは、なんと『Airbag』だった。場内は大きくどよめき、そして湧き上がった。お次はトムが一瞬カッティングしたのが次の曲のリフだったのだが、それは『Just』だ。思いもよらぬ「ギターバンド期」の曲の序盤からの連射だった。更にダメを押すように、今度はジョニーとエドのところにパーカッションが用意され、『There There』に。この怒涛の展開に、場内は早くも沸点に達してしまった。


そしてトムがピアノを弾きながら歌う『All I Need』となり、やっと『In Rainbows』ワールドへと突入。ゆったりめの曲調に、場内も落ち着きを取り戻した感があり、騒ぎモードから浸りモードにとシフト。そして『Weird Fishes/Arpeggi』に『Faust Arp』と、デジタルでありながら美しく温かみのある『In Rainbows』の不思議な世界観が、場内を支配する。他には『Pyramid Song』や『Knives Out』、『The Gloaming』、前作『Hai To The Thief』からの『Myxomatosis』が披露され、これらは『In Rainbows』の世界観に結構マッチしている。トムは曲によりギターとピアノを使い分けているため、その都度スタッフが迅速にピアノをステージに出し入れしている。





トムが中央前方に陣取り、その真後ろにドラムのフィル、そしてドラムセットに寄り添うようにしてコリンがベースを弾いている。動かざること山の如しのようなエドに対し、曲によりギターやプログラミングだけでなくキーボードもこなすジョニーは、まさに対照的だ。トムは小柄で華奢で、きっと本国よりも日本のファッションの方が気に入っているのでは?なんて想像をしてしまう。そしてジョニーも細身で華奢だが、しかしその痩身から発せられる音の情報は質量ともに非常に多く、観ていて飽きることがない。というか、『Kid A』以降のバンドのモンスター化は、メンバー間の融合がより蜜になったことももちろんあるだろうが、ジョニーの飛躍的な成長がやはり大きいと思っている。


『In Rainbows』に伴うツアーなので、この新譜からの曲がセットリストの軸になるのは当然と言えば当然だが、それ以前のアルバムの曲がどのような位置づけにされるのかというのが、非常に興味深かった。『The Bends』『OK Computer』の2枚は最早レディオヘッドクラシックで、ライヴの場で披露されること自体が奇跡のような雰囲気になっている。そして個人的に最も意外でありかつ衝撃的だったのが、前作『Hail To The Thief』の今回の位置づけだ。新譜に取って替わられてしまってほとんど演奏されなくなる、というのは他のアーティストのライヴでは体感したことがあるが、まさかレディヘもそうしたアプローチをしてくるとは思わなかったのだ。


世紀をまたぐ形で『Kid A』『Amnesiac』といった実験的な作品をリリースし、その集大成となったのが『Hail To The Thief』だったはずだ。個人的にも2003年リリース作のベストに挙げたし、レディヘのキャリアにおいても相当重要な位置を占めている作品のはずと思っていた。それが、いともあっさりと過去の作品と同等の扱いのようにされていて、バンドはここでも更に一歩二歩先を進んでいる。そして、過去の作品からの曲で最も輝きを放っていたのは、実は『Kid A』収録曲ではなかったかと思う。印象的なイントロにパーカッションが絡む『Optimistic』、終盤の大詰めに披露されるのが似合っている『Idioteque』は、個人的にとても嬉しいセレクトだったのだが、オーディエンスのリアクションも思った以上に大きかった。


ここまでの熱の帯びっぷりから一転して、『Fake Plastic Trees』では場内がしぃんと静まり返り、トムのセミアコとヴォーカルに聴き惚れた。場内には2万人はいたと思われ、しかもアリーナはオールスタンデイングなのに、この静けさはある種異様であり、そしてそうした状況を引き起こすバンドもまた、稀有の存在だった。そして、『In Rainbows』のリードシングルであり、今回のツアーのテーマ曲とも言える『Bodysnatchers』で、本編は締めくくられた。





アンコールは『Amnesiac』からの『Like Spinning Plates』で始まり、そして『In Rainbows』のラストソングでもある『Videotape』へ。『Bodysnatchers』が新譜の表の顔なら、この曲は裏の顔ではないかと思っていて、その妖しいまでの美しさが冴え渡っている。更には『Paranoid Android』で場内を温めた後で『Reckoner』で、アンコールの場においてさえ『In Rainbows』の世界観が繰り広げられている。約1年前にオフィシャルサイトで突如発表された、ダウンロード形態でのリリース、及び無料を含む「購入者が値段を決める」という価格設定。しばらくはその「手段」ばかりが話題にされてきたが、こうしてライヴを体感することで、音楽そのものの良さを改めて実感させられる。


『Everything In Its Right Place』で1回目のアンコールを締め(トムがR.E.M.『The One I Love』のフレーズを少しだけ歌った)、そして2度目のアンコール。『Go Slowly』という、なんと『In Rainbows』の限定盤に同梱されていたボーナスディスクに収録されていた曲を持ってきたかと思うと、お次は『My Iron Lung』ときた。勿論嬉しいに決まっているのだが、この日は『The Bends』からの曲をサービスしすぎじゃないのか?ここまで来て、一体どの曲でライヴを締めるのだろうと、逆に不安になってしまったのだが、さてそのオーラスは『How to Disappear Completely』だった。ゆったりした曲調ながら、心地よく清々しい気分にさせられて、こういう終わり方もアリなんだなと思わされた。








先にも書いているが、『Kid A』からの曲が驚異的に美しく、そしてインパクトがあった。いつのまにかリリースから8年も経ってしまい、現在のレディヘの原点的な作品である一方、レディヘクラシックの領域にも掛かりつつある作品になっていて、ライヴで表現するのが難しい曲ばかりのように思っていた。のだが、バンドはツアーを重ねる毎に表現力のレベルを上げていて、それがこれらの曲をより素晴らしい音として響かせることを成功させているのだと思う。


この日の公演、会場にはカメラが入っていた。カメラはステージ直下や両サイドだけでなく、アリーナエリアの空中でステージ右前方から左後方にまでケーブルが張られており、そのケーブルを伝う形でライヴの最中にカメラが何度も往復していた。放送は来る11月にWOWOWに予定されていて、よくバンドが許可したなという驚きを抱えつつ、自分の席で観たのとはまた異なる角度で、そして俯瞰で観られることを期待し、放送日を今から心待ちにしている。




(2008.10.26.)






























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