Summer Sonic 2003/Day 2-Vol.3 Radiohead







この日はストロークスのときから、アリーナはもとよりスタンド席もほぼ満杯状態。1階席に座ることはかなわず、2階席のそれもかなり上の方にやっと空席を見つけて、そこに陣取っていた。千葉マリンスタジアムは海沿いに位置し、そして壁はかなり高い。この壁の隙間から、波打つのが見える。サマーソニックのアウトドアステージは、時間的にセミのアーティストが終わった辺りが日没となり、それまでの日中の光景とはまた違った、夜の神秘性を帯びた空間に生まれ変わる。





 そのときは、ついにやって来た。ステージが暗転し、場内からは大きなどよめきが起こる。地味ながらもたくましさを感じさせる、ドラム~パーカッションによるイントロが響き渡る。『There,There』だ!いよいよレディオヘッドのライヴが始まるんだという感動が走り、そして背筋がゾクゾクとする。やがてトム・ヨークの切なくも美しい歌声が放たれ、全身を震えが襲う。


 日頃音楽を聴き続けていて、日常生活の中で自分の中に鳴り響くテーマ曲というのが、私にはある。ここ5~6年の間、それはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの『People Of The Sun』で、そうなったのは、97年の第1回フジロックの彼らのステージをナマで体験したからに他ならない。朝起きて会社に向かうとき、仕事で商談に向かうとき、休日に遠出するとき、あるいは精神的に追い込まれたとき、私の頭の中ではいつもこの曲がかかり、あの嵐の映像が浮かんだ。しかし今この瞬間、私のテーマ曲は『There,There』に取って代わった。なぜならこの曲と今目の前に繰り広げられている光景が、彼らがバンドとして歩んできて今の状態に到達したことを、象徴していると思えるからだ。





 続くは、新作『Hail To The Theif』のトップでもある『2+2=5』。個人的には、『Kid A』を生み出したことだけでもこのバンドは後世に語り継がれるべきと思っているのだが、彼らの驀進は最早留まるところを知らない。姉妹作『Amnesiac』とそのツアーがあり、約2年のインターバルを経ての今回の新作及びツアーは、文字通り待ちに待ったものになった。まずは欧米で、日本に来るには少し時間がかかるかなと思ったのだが、その機会は意外に早くやってきたのだ。


 新作からの曲は、眩しくそして刺激的だ。『Sit Down,Stand Up』『Backdrifts』などがそうで、ジョニー・グリーンウッドを始め、メンバーの音に対するこだわりがいよいよ強く、そして深くなっていることがひしひしと伝わって来る。電子楽器を巧みに操りつつも、しかしやはり軸となり基盤になっているのは、ギターやドラムといった生楽器だ。ステージ後方は、曲により無数のライトが発光。さほど凝った演出でもないのに、今の彼らにとってはこれだけで充分と思える。


 一方、トムがエレクトリックピアノを弾きながら歌う『Morning Bell』、そして前回のツアーではテーマ曲的な位置づけにあった『The National Anthem』など、『Kid A』『Amnesiac』からの曲は、今や立派なレディオヘッド・スタンダードになった感がある。そしてまさかライヴで演るとは思わなかった『Kid A』!凄いバンドになったなあー。これは、2年前の来日公演のときにも私が何度も噛み締めたことばなのだが、今この場においても、ただただこのことばを繰り返すだけだ。


 となると『Kid A』以前の曲はもう、レディオヘッド・クラシックというか、とてつもない風格を以って、観る側聴く側を圧倒する。『No Surprises』や『Just』といった派手めの曲はともかく、『Exit Music』『Bones』といった曲でさえだ。場内のリアクションが大きいのも、ただ聴きたかったからだけではなく、おのおのの曲が備える「凄み」をひしひしと感じ取っているからに違いない。





 レディオヘッドは、欧米においてもフェスティバルのヘッドラインを飾る言わば「常連」であり、ここ日本でもついにそれが実現した。ただ、この日の彼らのライヴが始まる前まで、正直私は彼らをサマーソニックではなく、フジロックで観たかったと、ずっと思ってきた。実際フジロックへの出演という話もあったようで、自然に囲まれた野外ステージで彼らの姿を観れたらどんなに感動的だろうと、想像は膨らむばかりだった。それが結果的にはサマーソニックに落ち着いて、彼らの姿を観れることは観れるが、ふだんのライヴと同等の感動はあっても、それ以上にはなりえないのでは、という気持ちもあった。


 しかし冒頭にも書いた通りで、『There,There』のイントロが流れた瞬間、そんなごちゃごちゃした気持ちは薄らぎ、代わりに言い知れない感動が襲ってきた。彼らひとりひとりは、突出したカリスマ性を持ち合わせているわけでもないのに(トムはときどきそうした役回りを引き受けさせられることがあるが)、5人が揃うとどうしてこんなに素晴らしいライヴが出来てしまうのかと、逆に不思議になってしまうくらいだ。そして次々に曲が進み、リラックスしていながらも精度の高い演奏を見せ付ける彼らの姿を見て、このライヴはとんでもないことになるという、予感がしてきた。


 『Paranoid Android』を経て『Idioteque』となり、ライヴがいよいよ終盤に差し掛かったことを痛感させる。そしてステージ中央にエレクトリックピアノが用意され、そこに鎮座するトム。静かにピアノを弾き始め、『Everything In It's Right Place』のイントロが。CDで聴くと衝撃の冒頭という感じなのだが、ライヴでは淡々と始まり、印象は異なる。しかしそこには、彼らの自信と余裕がうかがえ、そこにまた感動を覚えてしまうのだ。この曲で本編が終了し、無人のステージ後方には、「FOREVER」の文字が流れていた。





 少し間が空いたが、アンコールは『Pyramid Song』、すなわちトムのピアノで始まった。続く『A Wolf At The Door』は新作のラストで、つまりは現時点でバンドが迎えている最新の局面であるとも言えよう。決して長い曲でもなく、またドラマティックな展開を見せる曲でもない。のだが、地味な中にも大きなエネルギーが凝縮されたような曲調に、いよいよライヴも終わってしまうのかなという、寂しさが漂う。


 この後トムのMCを経て、『Karma Police』が披露。ここまでの展開を受けてのこの曲だっただけに、出来すぎじゃんと感激したのもつかの間、最後の最後にとんでもないドラマが待ち受けていた。またまたトムのMCが入り、日本語も交えてそして何度となくおじぎをする。となればもう1曲あるなとは思ったが、なんとここで放たれたのは、まさかまさかまさかまさかのあの曲だった。





 聴き覚えのある、静かにすうっと入り込むよなイントロ。それは、この日この場に集まった人のほとんどが知っている、レディオヘッドの代表曲だ。そう、その曲はなんとなんと『Creep』だ!!!


 現在のレディオヘッドは、ファーストアルバム『Pablo Honey』からの曲をライヴで演奏することはほとんどない。それはバンドとして成長していることの証かもしれないし、あるいはまた、初期の曲が今の彼らにとっては眩しくそして照れくさく思える曲になっているからかもしれない。しかしそれでも、めったにないのだが彼らはここぞというときにはこの曲を放つ。それはファンに対する感謝の気持ちの現れなのかもしれないし、ひとつの区切りを意味するのかもしれない。何にせよ、今の彼らが『Creep』を歌い演奏することの意味はとてつもなく重く、そして深いのだ。


 サビに差し掛かる直前の、ジョニーがギターをかきむしるときのギャギャッという音にまずはどよめきが起こり、そしてサビのところでは場内大合唱。日本でこの曲が演奏されるのは、『OK Computer』のツアー以来実に5年半ぶりのこと。私個人としても、ナマは初めてである。このライヴが特別なものになるという予感はあったが、まさか『Creep』が拝めるとは・・・。今年のサマーソニックは、相変わらずの仕切りの悪さが目立ち、不愉快になること数知れず。しかし、最後のこのひととき、この瞬間においてだけは、そうした不愉快さを忘れることができた。レディオヘッドの5人が、そういう気にさせてくれたのだ。











 メンバーがステージを後にし、鳴り止まぬ拍手と収まらぬ歓声の中、千葉マリンスタジアムのバックスクリーンの裏側から、無数の花火が打ち上げられた。サマーソニック2003が幕を閉じ、また私にとっての2003年の夏もまた、このときに終わったのだと実感した。しかし興奮はなかなか収まらず、不愉快だったことも来年のことも、考えるのはとりあえずやめて、この興奮の中にしばらくの間浸っていたいと思った。

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(2003.8.30.)
















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