Caroline,No - Live at 東京国際フォーラム ホールA

ブライアン・ウィルソン・ストーリーVol.9

 ひぃーっ。な、なんでこんなに混んでんのー!?・・・会社を午後休みにしていったん帰宅した私は着替えて車で有楽町に向けて出発。もちろんCDチェンジャーにはビーチ・ボーイズとブライアン・ウィルソンがセットされている状態。しかし、なんと高速道路で15キロもの渋滞が発生している!やむなく渋滞突入直前の出口で下に降りたが、上のあおりを食ってか、一般道の方も断続的に混んでいる。時間は無常に過ぎて行くばかり。不覚だ。


 結局、私が国際フォーラムに着いたのが7時半過ぎ。さすがに開演してしまうとダフ屋もいなくなるのか、ホール前のひと気もまばらだ。チケットを切ってもらい、エスカレータを上り、席に着いたのが7時40分頃だった。曲は『Don't Worry Baby』の最中。これは第1部の3曲目である。まあ許容できる範囲だな、と必死で自分に言い聞かせる。


 私はてっきり総立ちになっているものと決めつけていたのだが、ほとんどの人が座ってライヴを楽しんでいた。『California Girls』では、ブライアンが「OK,everybody stand up...sit down...stand up!」と、私たちを立たせたり座らせたりする(笑)。よくわからん(笑)。ステージは、前方正面がkeyを前にしたブライアン。その右が"優しき巨漢"ジェフリー・フォスケット。バックにはb、ds、コーラス×2、それとワンダーミンツの面々が固めていて大所帯である。


 HMVのサイン会では今ひとつの印象だったブライアンだが、さすがにこの日は違った。ちゃんと歌ってるよ、おい(笑)。「おーけー」「さんきゅー」を連発。曲間には結構MCを入れる。だけど、やっぱりちょっと変だ。曲が終わって両手を叩くさまは、レコードコレクターズに書かれていたように松村のバウバウそっくりだし、右足でリズムを取り、上体を揺らしているさまは如何にも不器用である。そして、voはやはり高域が出ないらしく(無理ないか)、そこはジェフリーが担当してうまく全体のバランスを保っている感じだ。


 『In My Room』『I Get Around』などの往年の名曲にオーディエンスが敏感なのは予想通り。だが、ここでブライアンはオーディエンスを背にしてバックバンドの方に体を向けている。始まったのは『Let's Go Away For A While』『Pet Sounds』という2曲のインストだ!まるで"ダブルトリオ"キング・クリムゾンのような様相である(偶然だがこの日私はクリムゾンのTシャツを着て来ていた)。『Let's Go ~』の方はアルバムに忠実に、しかし『Pet Sounds』にはアフロ調のアレンジが施されている。この光景はまさに奇跡の瞬間だ。続いては新作『Imagination』からの『South America』。この曲には今現在のブライアンのポジティヴさがにじみ出ている。更にバックがそれをうまく後押ししていてとても好感が持てた。『Surfin' USA』では立ち上がって妙な踊りを披露するブライアン。第1部は『Back Home』でいったん終了。ここで15分の休憩に入る。


 休憩時間中に、もちろん時間通りに来ていた連れに話を聞く。最初はビデオ上映があり、ライヴが始まったのは7時半頃とのことだった。周囲を見回してみると、客の年齢層は思ったほど高くない。チケットはやはり売れ残っているらしく、1列まるまる空席のところもあり、なんか複雑である。


 2部構成のライヴなんて90年のデヴィッド・ボウイ以来だな、とか考えているうちに再び客電が落ちる。ブライアンを除くメンバーがぞろぞろと登場。ジェフリーによってメンバーが紹介され(ここまでジェフリーが重要なポジションを占めているとは正直意外)、最後に御大ブライアンが登場する。そして・・・、


 『Wouldn't It Be Nice/素敵じゃないか』だ!私はこの1ヶ月、この曲をBGMにして眠り、そしてこの曲で目覚めていた。このメロディとハーモニー。永遠だ。・・・しかし、正直ブライアンは歌うのがキツそうだった(出だしはてっきりジェフリーに任すものとばかり思っていたが)。続いては『Sloop John B』『God Only Knows』と、不滅の大傑作『Pet Sounds』からのナンバーが次々に演奏される。1999年にこれらの曲がナマで観れて、ナマで聴けるなんて。


 またまた客を立たすブライアン。「Beach Boys big big...big song」とか言って始まったのは、『Good Vibrations』だ。ブライアンの陰、そしてビーチ・ボーイズの陽がミックスし、その結果極上のポップチューンに仕上がったこの曲は奇跡のヒット曲だ。オーディエンスの反応がいいのは、少し前までNTTのCMに起用されていたから?


 『Your Imagination』。聴けば聴くほどに味の出る、まるでスルメのような曲である。『South America』が現在のブライアンの決意表明のような曲なら、『Your Imagination』は、~やあ、やっとみんなのところに戻ってきたよ。これからもよろしく~といったブライアンからの挨拶のように受け取れる。よくぞ戻って来てくれた。よくぞ帰ってきてくれた。おかえり、ブライアン。


 ネット上の情報から、ずいぶん多くの曲を演奏することは事前に知っていた。しかし、ビーチ・ボーイズの曲は1曲1曲がとても短い。なので、曲が進む割には時間は進まない(笑)。この第2部も、大ヒット曲『Help Me,Rhonda』、そしてロネッツのヒットでも知られる『Be My Baby』で終了する。


 アンコールの1回目。ブライアンはオレンジのハッピを着て登場する。その襟には「東京読売巨人軍」の文字が。???このボケっぷり、力の入る私たちを一気に和ませてくれる(ストーンズ大阪ドーム公演でキースが猛虎のハチマキを絞めていたのを思い出した)。しかし、私たちは再び緊張を強いられることになる。なぜなら・・・、


 『Caroline,No』はこの日のベストソング、ベストパフォーマンスだった。もの悲しげなメロディ。はかない歌詞。それは、ブライアン・ウィルソンその人をそのまままるはだかにしてしまったような、観ていて、聴いていて、その痛みが、その哀しみが、目や耳の中に飛び込んできそうな曲だからだ。最後の「Oh,caroline,no~」のブライアンの叫び、天まで届かんばかりの凄まじさだった。これが57歳のジジイの歌声だなんて、誰が信じられる?


 今更しみじみ思うのもバカかもしれないが、しかしビーチ・ボーイズというのはヒット曲を数多く生み出しているバンドだ。このアンコール、『All Summer Long』『Barbara Ann』『Fun Fun Fun』と続くのだが、このテンションの高さといったら何なのだろう。ポールマッカートニーのビートルズメドレーに、ストーンズの怒涛の代表曲攻撃にも比肩する勢いである。こうまでされて、世界中で熱狂しないところがあるのか、というくらいの熱さである。そして、ブライアンは歌い終わるといち早くステージ袖に引き上げてしまう。


 全米ツアーはここで終わっていた。それが、今回の来日公演ではもうひとつブライアンからのプレゼントがある。『Love And Mercy』がそれだ。ブライアンのvoがみずみずしく響き渡り、他のメンバーも直立不動でコーラスとして脇を固める。曲が終わり、メンバー全員ここで退くが、すぐさまステージに復帰。全員で肩を組んでお礼。スタンディングオベーションはいつまでも続いた。客電がついても、しばらくの間は続いていた。


 ブライアン・ウィルソン・ストーリーなるものをこうしてここまで書いてきて、そのラストがこの来日公演だった。ここで、私にとってのビーチ・ボーイズ、私にとってのブライアン・ウィルソンとは結局何だったのか、というのがこのライヴを観ることで恐ろしいまでに明確になってしまった。それは・・・、




『Pet Sounds』




 であったのだ、やはり。


 他の曲が悪いわけではなかった。劣っていたわけではなかった。往年のヒット曲が懐メロと化していたわけでもなかった。しかし、しかし、『Pet Sounds』から演奏された曲は、明らかに他の曲群とは異質だった。これらの曲群が演奏されるときだけ、妙な緊張感が走った。私がクリムゾンを連想してしまったのはそのためなのだ。そして、明らかに他の曲群を大きく引き離していた。私が墓の中までも持って行きたいと思っているこのアルバムは、それこそ100年経っても200年経ってもどこかで語られ、誰かに愛される曲たちだと私は勝手に断定する。




(99.7.16.)
















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