Nine Inch Nails 2007.5.20:Studio Coast

この日は前日とはうって変わって好天に恵まれた。そして、日曜日であり最初に発表されていた公演ということもあってか、客の入りが早く、そして多いように感じた。まずは定刻通りにセレナ・マニーシュが登場。相変わらずステージは暗めだったが、そんな中で一度だけ明るくなった瞬間があり、メンバーのいでたちが確認できた。長身長髪の女性ベーシストは、なぜか「姫」と書かれたTシャツを着ていた(笑)。この日のパフォーマンスは2人のギタリストによるノイジーなリフがフィーチャーされていて、演奏そのものをより重視したステージだったように思えた。





 セットチェンジを経て、午後7時を回ったところで客電が落ちた。オーディエンスの歓声と怒号が飛び交う中でステージにはスモークが炊かれ、そして『Hyperpower!』のイントロが。インストナンバーであるこの曲を経た後、スモークの中からメンバーの姿が確認できるようになり、続いて『The Beginning Of The End』『Survivalism』という、新譜『Year Zero』の冒頭から3曲が連射。こうして、バンドの最新型が打ち出される形でナイン・インチ・ネイルズのライヴが始まった。


 19日の公演では私はステージ向かって右、つまりギターのアーロン側に陣取っていた。この日は意図的に反対側に陣取り、ベースのジョーディ及びキーボードのアレッサンドロのプレイにより注目することに。序盤はそのアレッサンドロもギターを弾いていて、アーロンとのツインを成しリフに厚みを持たせていた。「最新型」に続いてはお馴染みの曲で、ファースト『Pretty Hate Machine』からの『Terrible Lie』だ。アレッサンドロは、キーボードとプログラミングという本来の持ち場に戻っていて、電子音が生楽器と相俟っている。


 続くは、意表を突くそして嬉しい『Heresy』となり、そのまま『March Of The Pigs』へ。つまり『The Downward Spiral』の曲順そのままとなって、ライヴは最初のピークに達した。NINは、1曲の中にも静と動とが同居し、それがドラマ性とスケール感を生み出している。『March Of The Pigs』などまさにその典型で、爆音で蹴散らしトレントがシャウトしているときはヴァリライトが閃光しまくっていて、その後の「now doesn't that make ~ you feel ~ better ~ ?」のフレーズになると、トレントは敢えてゆっくりと歌い、そして両腕を左右に大きく広げる。そのトレントに対し後方からライトが当てられ、神々しさが際立つ。そしてなんと、このフレーズが2度目になったとき、トレントは自らは歌わずオーディエンスに歌わせる形を取ったのだった。





 『The Frail/The Wretched』という、『The Fragile』ワールドが繰り広げられた後には、佳曲『Closer』ときた。前日とは大きく異なるセットリスト編成に唸らされ、同時にまた嬉しくもなる。そして、ここまでは爆音モードの曲は中心だったが、『Help Me I Am In Hell』や『Me, I'm Not』といった辺りではじっくりと聴かせるモードに入っていて、特に後者ではトレントとジョーディはキーボードをこなし、アーロンはベダルスティール(だと思う)を駆使していた。更には『Even Deeper』を経て『Wish』となり、この日2度目のピークを迎えた。


 選曲はやはりキャリアを総括する形式で、『The Fragile』からの『The Big Come Down』という、珍しいところも披露された。そして、その次にまたしても驚かされた。まさかまさか、『The Downward Spiral』の冒頭を飾る『Mr.Self Destuct』が放たれたのだ!このときはアレッサンドロもギターを弾きながらステージ前方に出てきていて、つまりトレント~アーロン~ジョーディ~アレッサンドロの4人が横一列に並び立っていたのだ。更にはファーストからの『Down In It』まで続けて放たれてしまい、コアなファンであればあるほど、このセレクトはぐっと来る局面だったことだろう。そして個人的には、スケール感に溢れる『The Day The World Went Away』を演ってくれたことがまたまた嬉しかった。





 ここまで怒涛のようなハードでヘヴィーな曲が続いたが、これらを経てついにドラマティックな瞬間がやって来た。いつのまにかステージ前方中央にキーボードが用意されていて、そこに立ち、淡々と鍵盤を弾きながら静かに歌いだすトレント。そのイントロだけで場内は一瞬だけ大きくざわめき、そしてすぐさま静寂が訪れ、トレントの声と鍵盤の音色だけが場内に響き渡る。もちろん、名曲『Hurt』だ。過去に私が体験してきたNINのライヴでも披露されてきた曲なのだが、今回のツアーでは必ずしもマストナンバーではなく、実際前日の公演では披露されていない。なので、この日も聴けないかもと思っていた。


 会場が、NINの力量からすればあまりにも狭すぎるライヴハウスということで、その中で体験できるライヴの密度は、とてつもなく濃いものだった。そして、トドメがこの曲だ。トレントの静かなヴォーカル。優しくも寂しさが漂う鍵盤の音色。それが徐々にエモーショナルの度合いを増し、終盤になると他のメンバーも演奏に加わって、フルバンドのモードへと移行する。トレントのヴォーカルも熱を帯びてきて、オーディエンスの側にもその熱が伝わってくるものがある。そしてトレントが歌い終えた瞬間、ある地点に到達したかのような感覚を覚えるのだ。





 そしてアッパーな『The Hand That Feeds』へ。前作『With Teeth』からシングルカットされたナンバーであるこの曲は、今やNINのキャリアの一角を占める重要な曲になりつつあると感じた。そしてこれまでのパターンから推測するに、次の曲がラストナンバーになる。ああついに、この素晴らしいライヴも終わりなんだなというムードが場内には漂い、実際私もそう思った。ところが・・・。


 イントロは比較的地味に始まったのだが、これは締めくくりの曲とは明らかに違う曲だ。あれ?あれれ?と呆気に取られながら観ていて、それがサビのところに差し掛かるときになって、やっと「あの曲」だと気が付いた。そのサビのところでまさに絶叫される、『StarFuckers,Inc.』だったのだ!『Hurt』がトドメなら、この曲はダメ押しだ。なんという劇的な瞬間だったことだろう。なんという感動的な瞬間だったことだろう。そして更に、ハプニングは起こったのだ。


 この曲でクライマックスとなるのは、終盤の「don't you...don't you...」というフレーズだ。だいたいこの局面に来ると、トレントのヴォーカルに合わせてオーディエンスも合唱するのだが、ここでなんとトレントは、自分が使っていたマイクをフロア最前に詰めているオーディエンスに放り投げてしまったのだ。マイクを受け取ったファンは「don't you...」とシャウトし、そのマイクは付近のファンにも回されて、受け取ったファンがまた「don't you...」と歌いつないだのだ。


 そして、オーラスである『Head Like A Hole』へ。これで終わりという寂しさよりも、ここに至るまでのあまりにも劇的すぎる展開、そしてそこから受けた大きな感動が、更なるエネルギーの塊になって一気に突き進んでいくような感じだった。そして最後の最後、トレントはなんと自分が弾いていたギターをフロアに投げ入れてしまい、ステージを後にした。ギターを預けられた辺りはもみくちゃ状態になっていて、もう訳がわからなくなっていた様子だ(終演後、ギターはスタッフにより回収された)。メンバーがひとりずつステージを後にする中、最後の最後まで暴れていたのはアーロンだった。








 当初私は、今回の来日公演について1回だけ観に行くつもりでいた。がしかし、ライヴDVD『Beside You In Time』を観て、新譜『Year Zero』をMySpaceで全曲先行試聴して、そして正式リリースされた『Year Zero』を聴いて、更にはこの新譜にまつわるさまざまな「仕掛け」に触れて、自分の中で日に日にNINモードが増幅していき、行くのは1回だけでいいのかと自問自答するようになった。そしてついに、後々後悔するくらいならと思い立ち、追加公演のチケットを取って計2公演に行くことにした。


 この判断は大正解だった。まさかこうまで大胆にセットリストを日替わりにしてくるとは思わなかったし、2公演に足を運んだことで聴きたい曲はほぼ聴くことができた。メンバーの動きや演出なども、より鮮明に自分の中に焼き付けることができた。そして再確認したのだ。ナイン・インチ・ネイルズ/トレント・レズナーが、現代のロック界において如何に突出した存在感を誇っているということが。なおかつ、私にとって重要であり、切実なアーティストであるということが。




(2007.5.23.)

















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