Nine Inch Nails 2007.5.19:Studio Coast

天気予報では夕方に雨が降るとのことだったが、開場1時間前に現地に到着したときは晴れ間が覗いていて、とても雨が降るとは思えなかった。ところが、その30分後には天候が急変し、かなり強い雨が降り出してきた。慌ててロッカーの方に逃げ込んで雨を避けたのだが、すると主催者が予定時間より開場を早めてくれた。結局、若干濡れただけでなんとか無事入場することができた。豪雨は一時的なものだったらしい。


 さて定刻になり、まずはオープニングアクト。セレナ・マニーシュというスウェーデンのバンドで、プロフィールには6人組とあるが、実際にステージにいたのは5人だった。2人のギタリスト、長身で長髪の女性ベーシスト、バイオリン、そしてドラムという編成。ステージは終始暗めで、各メンバーの表情までは伺えなかった。ギターのひとりが、ヴォーカルを担当している。音としては2本のギターが軸になっていて、またバイオリンは時にキーボードも担当。ジョイ・デイヴィジョンがシューゲイザーをやっているような感じで、なかなかユニークなスタイルだ。醸し出している雰囲気は個人的に嫌いではないのだが、演奏技術は稚拙で脇が甘く、またヴォーカルもキャラクターが薄く、よってインパクトに欠ける。前座としてはまずまずだが、バンドそのものとしては惜しいなと思った。





 セレナ・マニーシュのライヴが終わり、彼らは自分たちでセットを片付けていて、その後ナイン・インチ・ネイルズのスタッフが手際よくセットチェンジを行った。ギターの音出しやスモークのチェックなどが行われ、しばし時間が過ぎ去った後、やがてステージ全体がスモークで覆われた。するとなんと、『Somewhat Damaged』のイントロが始まり、そしてトレント・レズナーの肉声が!ステージにかすかに見えていた人影、てっきりスタッフなものとばかり思っていたのが、実はバンドのギタリストとベーシストだった。まだ客電がついたままだというのに、ナイン・インチ・ネイルズのライヴが始まってしまったのだ。


 やがてスモークの中からトレントがその姿を現し、歓声のヴォリュームは一層大きくなった。2年前のサマーソニックで観たときと同様坊主に近い短髪だが、今回は髭をたくわえている。そしてバンドメンバーだが、向かって右にギターのアーロン・ノース(元イカルス・ライン)。ギターのボディを上下に滑らせるようにしながら操り、またステージ上を右に左にと歩き回っていて、メンバー中最も動きがあった人だ。一方向かって左側にはベースのジョーディ・ホワイト。言わずと知れた、元マリリン・マンソンのトゥイギー・ラミレスで、現在はア・パーフェクト・サークルのメンバーとしても活動中だ。アーロンとは対象的に、この人はほとんど直立不動。そしてその体型はトレント以上にたくましく、異様な存在感を発している。


 後方には、向かって左にキーボード/プログラミングのアレッサンドロ・コルティニ。最近2作にて強く打ち出されているデジタル色は、(たとえそれがトレントの指示であったとしても)この人の貢献度が大きいはずだ。そして右には、ドラマーのジョシュ・フリース。実は私は、このジョシュの出来を危惧していた。前作『With Teeth』のツアーの際、当時のドラマーだったジェローム・ディロンが心臓の異状を訴えてツアーから離脱し、結局バンドを脱退。その後一時的な代役を経てジョシュに落ち着いたのだが、『Beside You In Time』のDVDを観る限り、大胆さと繊細さを兼ね備えていたジェロームに対し、ジョシュのプレイは迫力を欠いていたように見えてしまっていたからだ。


 しかしここでのジョシュは、解き放つビートでも、そして自身そのものも、『Beside You In Time』のときとは別人のような存在感を放っていた。この人がサウンドの屋台骨をがっちりと押さえ、他のメンバーがそれをベースにして自らのパートをこなし、バンドとしての一体感が見事なまでに構築されている。そして、こうしたメンバーたちが脇を固めているからこそ、フロントマンであるトレントが一層際立っているのだ。メンバーの衣装は、アーロンだけが白いシャツ姿で、ほかはみな黒を基調としていた。ライヴは序盤からフルパワー全開で、『March of the Pigs』でショウは早くも沸点に達してしまった。





 初期ナンバーでありながら、現在でもNINのライヴには欠かせない『Something I Can Never Have』を経て、ジョシュの印象的なドラミングで始まる『The Beginning Of The End』となり、更にシングルカットされた『Survivalism』へ。サビではアーロンとジョーディもコーラスに加わり、いよいよ圧倒的なパフォーマンスの前にオーディエンスはさらされる。突き詰められたテクノロジーと、それを操る生身の人間の肉体性が融合した、新譜『Year Zero』の世界観が生々しく表現されている。NINのアルバムに駄作などありはしないのだが、にしても、よくぞ入魂の作品を作り上げてくれたと、感動せずにはいられない。それはすなわち、現在のトレントの状態がすこぶる好調なことの現れであり、突出したカリスマと同じ時代を生きることができているという、この上ない喜びを感じられるからだ。


 選曲としては、この人はいつもそうなのだが、必ずしも最新型を打ち出すだけでなく、常にキャリアを総括するような構成を組んでくる。不滅の傑作『The Downward Spiral』からの『Ruiner』、そしてまさかの『Burn』、更にはいくつかあるキラーチューンのひとつ、『Gave Up』ときた。まるでその日のライヴが、その時点でのNINの全てであり、頂点であることを目指して表現するようでいて、長嶋茂雄さんが巨人の監督時代に捨てゲームを一切作らず、全ての試合に勝ちに行ったという姿勢に似ている。長嶋さんがそうしたのは、その日球場に来たお客さんが、それが一生に一度の体験になるかもしれないと思ってのことだ。これは監督としては失格なのだが、野球人としては最上位の姿勢に当たると思う。そしてトレントはというと、長嶋さんの姿勢を持ちながらそれを成し遂げてしまうだけの才能及び力量を持っているのだ。


 ステージにはいくつもの照明が設置されていて、それが曲及び場面場面で効果的に機能している。ハードな曲ではヴァリライトがランダムに閃光して観る側の視覚を麻痺させ、またじっくりめのパートに差し掛かったときは、トレントやジョーディにピンスポットが当てられる。トレントは、歌集中モードだったり、ギターを手にしたり、そして自らキーボードも弾いたりし、逐次ミネラルを口にしては、ペットボトルを振り出してアーロンやフロアの方に撒き散らしたりしている。最も動きがあったのはアーロンだったが、一方のジョーディは手拍子でオーデイエンスを煽ることが多く、時にトレントもそれに加わっていた。NINのライヴでこういうのは、ちょっと予想できなかった(もちろんいい意味で)。





 この日は、選曲としてはかなりレア度が高かったのではないかと思う。ネットで確認した初日のセットリストとはがらりと内容が入れ替わっていて、個人的には『Reptile』『The Frail』を聴けたのが嬉しかった。そして終盤には、なんと『Dead Souls』が!映画「クロウ」のサントラに提供された曲で、『The Downward Spiral』のデラックスエディションでも聴くことのできる曲だが、これはかなりレアだ。コアなファンであれば、この1曲が聴けただけでもこの日の公演に足を運んだ価値はあったと感じるはず。ただそうした中にも、もちろん『Wish』や『Suck』といったキラーチューンが要所で発せられていて、決してマニアックに陥らない、非常に完成度の高いショウになっていた。


 ラストは、ヒットチューン『The Hand That Feeds』から『Head Like A Hole』という必勝リレーとなり、この日終始暴れ放題だったアーロンが、終盤でギターを抱えたままフロアにダイブ!若くてやんちゃで血気盛んなアーティストならまだしも、もうベテランの領域に足を踏み込んでいるNINのメンバーがこういうことをしたのはかなりびっくりだった。ただ裏を返せば、凡庸としたライヴではアーティストは決してこんなことはしないだろうし、オーディエンスだけでなくアーティストの側も、それだけ充実感と満足感を得られたのだろう。





 演出効果として映像を用いていなかったのが意外ではあったが、その分トレントを始めとする各メンバーの肉体性が存分に発揮されていて、それがライヴハウスという、本国アメリカでは考えられないキャパシティの空間で堪能できたことに、喜びを噛み締めずにはいられなかった。トレントは、一時期はドラッグとアルコールに溺れ、音楽活動を停止する寸前にまで追い込まれたと聞くが、そこから生還した今のこの人はまさに無敵の不沈艦状態で、これから先も驀進して行くに違いない。そしてもうひとつ感じたのが、オーディエンスの尋常ではない熱狂ぶりだ。日本人って、こんなにナイン・インチ・ネイルズ好きだったんだっけ?いや、もちろんこれは歓迎すべきことなんだけど。




(2007.5.20.)

















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