Beck 2007.4.8:Zepp Tokyo

チケットの整理番号が早かったこともあって、久しぶりに気合いを入れた。入場と同時にダッシュし、ステージ向かってやや右の最前列をゲット!このポジションを確保したのには2つの理由があって、ひとつは後半に繰り広げられるであろうテーブルセットのときにほぼ真正面になることと、もうひとつは先日のリキッド公演では私は向かって左に陣取っていたために、ステージ左側のギタリストやキーボードの様子が死角になって見えなかったので、今回はそちらもよく見たかったからだ。





 この日もリハーサルが長引いたとかで、開場は予定より20分ほど遅れていた。よってそれに引きずられるように、開演も20分遅れに。がしかし、この日は出だしから衝撃が走った。客電が落ちたかと思うと、なんと『Loser』のイントロがSEとして響いたのだ!ワンコーラスが流れ終わった頃にバンドメンバーが向かって右の袖からゆっくりと登場し、それぞれ持ち場につく。そして最後にベック登場。今回はテンガロンハットをかぶり、サングラスはかけていなくて表情も確認できる。そして最前列に陣取っている私は、このベックを超至近距離で見ているのだ。


 続くはリキッドのオープニング曲だった『Black Tambourine』だったが、その次がなんと『New Pollution』で、キャリア代表曲を惜しげもなく序盤から繰り出していることにびっくり。ただよく考えてみると、この日こそが今回のツアーの通常セットで、リキッドは極めてレア度が高いスタイルだったのだろう。ベックはやはりギターを弾きながら歌うというのが基本スタイルで、リズムに合わせて体を小刻みに揺らす程度。かつてのような神々しさはないが、地にしっかりと足をつけたような、安定感と風格を感じさせる。今回パフォーマーの役を担っているのは、パーカッションもこなすダンサーのライアンなのだろう。





 そして、この日のライヴが通常セットである決定的な要因が、ステージ後方中央にセッティングされているパペットたちだ。ステージをそっくりそのまま縮小したようなミニステージがあって、そこにはベックを始めバンドメンバーのパペットがいる。衣装も実物と全く同じで、そしてこのパペットたちは4人の人形遣いたちによって操られているのだが、その細かい動きまでもそっくりそのままなのだ。曲によって頻繁にポジションを変えるライアンや、弓でギターを弾くジャスティン、時にパーカッションも操るベースのジャスティン(ファーストネームがギタリストと同じだ)、など、彼らの動きを忠実に再現している。


 バックドロップには大きなスクリーンがあって、多くのライヴであればココに映し出されるのは演奏している当人たちになるのだろうが、今回このスクリーンを支配しているのはパペットたちだ。パペットたち専用のカメラクルーが2人いて、ビデオカメラを駆使しながら臨場感に溢れる映像を届けてくれている。てっきりアングルが固定されて正面からのバンドだけを映し出すものとばかり思っていたので、これも嬉しいアイディアだ。クルーはあるときは上から見下ろすようにしてパペットを捉え、あるときは下から見上げるようにも捉えている。特定のメンバーをアップで捉えることもしばしばだ。最前列に陣取っている身としては、スクリーンのパペット、実際のパペット、そして本人たちと、視線を目まぐるしく変えざるをえない。


 このパペットたち、曲によってはミニステージを飛び出してステージ前方に躍り出ることもあった。手のところにミニカメラをつけているパペットが実物のメンバーを捉え、その映像がスクリーンに映し出されることも。歌うベックやコーラスを入れるメンバーたちの、口の動きまでシンクロさせる徹底ぶりがすごい。ここまでやるには人形遣いの人たちもベックの曲や演奏を完璧に覚えていなければできないことだ。そしてよく見ると、人形遣いたちは耳にイヤホンをつけていた。これで曲を聴くことによって、細部にまで渡るフォローができていたのだろう。





 前半から中盤にかけては、やはり『Guero』『The Information』といった最近2作からの曲が中心となった。両者共に音響指向、音楽至上主義的なアプローチが垣間見られる作風だが、それはステージ上でも見事に構築されている。個人的には、リキッドでは死角で見えなかった左側のプレーヤーたちに注目。左奥で複数の段になっている鍵盤を自在に操るブライアンは、時にはプログラミングも担当(iBookもあったし)。ギターのジャスティンのところにも鍵盤があったりスティールドラムがあったりして、これをライアンと2人で駆使していた。


 表現の奥行きを増している曲が続く中にも、断続的に『Girl』や『Nausea』といった比較的ポップな曲が織り交ぜられている。極地に行き過ぎないバランス感覚がベックならではであり、そこにベックのこれまでのアーティストとしての歩みや成長を感じることができる。そうこうしているうちに、袖の方では次への準備が着々と進められていて、食器の乗ったテーブルが用意されているのが見えた。そこに畳み掛けるように決定的な『Devil's Haircut』が放たれ、ラストの「Devil's Haircut!In my mind!」を、ほとんど吠えるようにコーラスするベースのジャスティンを目の当たりに。そして『Paper Tiger』を経て、ついにテーブルがステージ前にお目見えした。





 テーブルにはバンドの4人が座り、ライアンが今回も給仕役となって4人にサラダを取り分ける。そのテーブルの脇でベックが弾き語りで歌いながら演奏する。と、ここでも後方のパペットに注目だ。なんとミニステージでもテーブルセットが構築されていて、水を飲みサラダを食べる4人の様子を再現している。なんという徹底ぶりだろう。そしてここでわかったのだが、ミニステージの背景画には、ミニステージがちゃんと描かれていた。パペットとミニステージは、ほぼ完璧に実物のステージを再構築していたのだ。


 ベックはほとんど間を空けずにメドレーで弾き語りするのだが、流れがパーカッションプレイになってきたときにテーブルの方ににじり寄ってきた。他のメンバーたちはフォークやナイフ、スプーンなどでテーブルを叩くのだが、ベックはなんとバナナで叩いていて、思わず笑ってしまった。ピクシーズの『Wave Of Mutilation』のカヴァーや『The Golden Age』などを経て『Clap Hands』となり、オーディエンスの拍手とメンバーたちのパーカッションプレイが融合し、場内がエモーショナルな雰囲気に包まれたところで、本編が終了した。





 場内もステージ上も暗転していて、オーディエンスはアンコールを求めて拍手する。と、ここでまずスクリーンが稼動し始めた。パペットの映像で、ベックとバンドメンバーのパペットが紹介された後、表示されたタイトルがなんと「BECKZILLA」(笑)。巨大ベックパペット=ベックジラが、ゴジラよろしく市街地を破壊。メンバーたちは飛行機に乗ってベックパペットに接近しようとするも、逆にベックジラに返り討ちに遭ってしまう。そして描かれている市街地だが、東京都庁や英会話「NOVA」の看板などが見えていて、外国人から見た日本はこんなかなあというのが垣間見えた。


 やがて、スクリーンには「←STAGE」という札が映り、次いでステージに向かうパペットたちの映像が流れる。と、ドラムのマットが出てくるとミニドラムに陣取って叩き始め、ライアンは踊ったりパーカッションプレイをしたりし出したのだが、続いて出てきたのはヘルメット男と2体の熊の着ぐるみだった。ヘルメット男は、服装が革ジャンであることからベースのジャスティンと思われる。そして2体の着ぐるみだが、暴れ気味の方がキーボードのブライアン、おとなしい方がギターのジャスティンではなかっただろうか。2体の着ぐるみはもみ合っていて、最後はうち1体がマットのミニドラムセットに突っ込み、セットをひっくり返してしまった。


 メンバーたちはいったん引き上げたが、すぐさま元の格好に戻って登場。ただブライアンは、心なしかバテ気味のように見えた(笑)。今度はベックも登場して、曲は『Where It's At』だ。演奏に合わせてライアンがラジカセを担ぎながら登場し、それをステージ前に置いては去って行くというのを繰り返す。出てくるたびにラジカセは徐々にサイズが大きくなって、曲が終わる頃には大きさの異なる4台のラジカセがステージ前に並べられていた。ここで終わりかと思いきや、オーラスとして『E-Pro』が。最後にベックはミニステージに歩み寄り、自分のパペットと握手していた。このとき、もう自分の中では興奮の極限状態に達してしまい、なんだか訳がわからないような状態になってしまった。





 96年に『Odelay』のツアーで来日したベックを、クラブチッタで観たのが私とベックとのファーストコンタクトだった。実はこのときはさほどのインパクトを受けることがなく、噂や評判だけが先行しているなと、醒めた感触しか持てなかった。その後何度かベックのライヴを観続けてきて、初めて衝撃を受けたのは99年の『Mutations』ツアーのときだった。翌2000年の武道館公演では、最前列でライヴを堪能するという幸運にも恵まれた。そんなこんなで、ベックを観るのはこの日が自身通算6回目になったのだが、最前列で観たということももちろんあろうが、間違いなくこの日がベストだと断言できる。このアーティストと同じ時代を生きることができてよかったと思えた、久々のライヴだった。




(2007.4.15.)














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