Beck 2007.4.6:Liquid Room Ebisu

開場予定時間よりも2時間も前に現地に到着してしまったが、そのおかげで思わぬラッキーな場面に居合わせることができた。ベックご一行もまだ未着の状況だったので、会場入り口前で待ってみることに。そして約10分後にワゴン車が乗り入れ、外人数人が降りてきた。見覚えのある顔も何人かいたが、彼らはバンドのメンバーだ。そしてついに、ベック本人が姿を見せた。細身で背もそれほど高くなく、髪を結構伸ばしていた。サングラスをかけ、帽子をかぶり、首には分厚いマフラーを巻いていて、さすがに洒落た格好だ。その姿には大物の風格が漂っていたが、本人は詰め寄るファンのサインにフレンドリーに応じていた。





 リハーサルが長引いたとかで、開場は予定より25分遅れに。それもあってか、開演の方も遅れる格好に。客の入り具合だが、公演日の1週間前の告知及びチケット発売だったが、それでもほぼ満員になっていた。ステージではスタッフがセッティングをしているのだが、なぜか全員白衣を着ている。私はステージ向かって左前方にいて、ステージ右奥の袖の状況が結構見えていた。予定より30分近くが経った頃、バンドメンバーが袖に集まり出して円陣を組んでいるのが見え、そしてついに客電が落ちた。


 まずはバンドメンバーが姿を見せた。ドラマーがセットに陣取ってプレイを始め、そのセットの前にはもうひとつコンパクトなドラムセットがあって、そこにもひとり陣取ってプレイを始める。他にも3人いて、2人はパーカッション、もうひとりはメリハリの効いたダンスをしてフロアを煽る。こうしたビートプレイがしばし続けられた後、ついにベックが登場。ベレー帽をかぶりサングラスをかけ、首にはマフラーを巻き、白いシャツにベストをまとっていた。自身もビートプレイのリズムに乗っている。やがてメンバーはそれぞれの持ち場につき、バンドスタイルとなって『Black Tambourine』でスタートした。


 バンドが大所帯ということもあってか、ステージはいやに狭く見える。中央よりやや左にベックが陣取り、その右にはアフロヘアのベーシストがいて存在感を放っている。ベックの向かって左にはギタリスト、後方右は一段高い壇の上にドラムセットがあり、やや太めのドラマーが陣取っている。後方左にはキーボードセットがあるのだが、私のところからは死角になってしまって姿は見えなかった。そして前述のダンサーは、ベックとベーシストとの間のわずかなスペースで巧みに踊っていた。装飾は何もなく、バックドロップにもスクリーンはない。がしかし、今のベックをこのキャパシティで観れることにこそ、喜びを感じるべきだと思う。





 前半は、最新作『The Information』及び前作『Guero』からの曲を中心に演奏された。『Guero』からの曲は、野太いビートがベースになっている曲が多く、ベックお得意のソウル~ファンク色が、凝縮され密度が濃くなった形で表現されているように思える。対して『The Information』からの曲だが、こちらでは音響系の要素が随所に組み込まれているのが特徴だと思っている。ベックはいつかこういう領域に踏み込んでくるとずっと思っていて、またもともと個人的に音響系を好んでいるので、この方向性自体は大歓迎。ただし、緻密な音の世界観をライヴで表現できるのだろうかという不安もあった。


 しかしバンドメンバーも、その多くはベックと長い付き合いということもあるのか、パフォーマーとしての力量は確かなもので、上記の私の不安をかき消して余りあるプレイをしてくれている。電子系の楽器は、左奥のキーボードセットのみならず、ギタリストやベーシストのところにもコンパクトなそれらしき機材が用意されていて、彼らは生楽器と電子機器を適時使い分け、コンビネーションを崩すことなくいやむしろ音に対して一層厚みを作ることに成功している。ダンサーくんは、パーカッションのほかバケツドラムを叩いたり木琴を奏でたりと、八面六臂の動きを見せていた。


 そしてベック本人だが、大半の曲でギターを弾きながら歌い、アクションはといえばリズムに合わせて体を小刻みに揺らす程度。以前のように超絶ダンスを駆使することもなく、ほぼ直立不動にて歌い、弾いている状態だ。しかし私は、このたたずまいの方がベックらしいと感じた。アーティストとしての思春期を通過して、大人のフェーズに差し掛かったように見えたのだ。つまりはベック個人がパフォーマーとして光り輝いているのではなく、ベック自身もバンドのいちメンバーとして溶け込み、総合的な表現力で勝負している。これを受け入れられるかられないかで、『The Information』の聴き方も現在のベックのたたずまいも、受ける印象が大きく変わってくるはずだ。





 最近2作からを中心としつつも、メドレーの中に『Mixed Bizness』が組み込まれたり、今や懐かしい感のある『Odelay』からの『Novacane』なども披露され、『Paper Tiger』でショウは一度ピークに達した。すると、向かって右の袖の方から白衣を着たスタッフがテーブルを出してきた。狭いステージなのでドラムセットとパーカッションとの間をなかなか通ることができず、少しまごついていたが、やがてテーブルはベックの向かって右に置かれ、4人のバンドメンバーが席についた。ついに、噂の「テーブルセット」が始まるのだ。


 テーブルの上には、水の入ったグラスやボール、お皿などがあった。ダンサーくんが給仕役となり、サラダを持ってきて4人に取り分けるのだが、なんと箸を使っていて笑った。そして4人は、ほんとうに水を飲んだりサラダを食べたりしている。その脇で、ベックは小ぶりなアコギを弾きながら『Lost Cause』や『Sunday Sun』、そして『The Golden Age』という、『Sea Change』からの曲を披露。緩~い曲調と食事パフォーマンスがシンクロしていて、こういうアイディアを思いつき、そして実際にやってのけてしまうことに感服する。


 ベックの演奏はほとんど間を取らずにメドレーのように続けられるのだが、ここでなんとピクシーズの『Wave Of Mutilation』のサビの部分が披露された。ベックのカヴァーって、ありそうでなかった気がしていてとても新鮮に感じ、しかもセレクトがピクシーズだったものだから、個人的にはとても嬉しかった。そしてこの後だが、ゆるゆるモードだったのが『Nausea』でシフトチェンジし、アップテンポでビートを刻むモードに。そして『Clap Hands』となるのだが、ここまで来るとテーブルの4人は手にしているフォークやナイフでパーカッションプレイを始めて演奏に加わり、更にはオーディエンスが文字通り手を叩いて応え、エモーショナルな形で本編が締めくくられた。





 すぐさまアンコールとなるのだが、まずはバンドメンバーが先に登場してスタンバり、キーボードの人がステージ前方に躍り出てラップを刻んだので、「あの曲」だとピンと来た。そして最後に登場したベックは、「I got two turntables and a microphone~♪」というフレーズを繰り返していた。先ほどラップを刻んだメンバーがキーボードセットに納まり、鍵盤でイントロを弾き始めたところで、いよいよ「あの曲」であると確信。それは、ベックの看板的な曲としてはこの日唯一披露されたことになる、『Where It's At』だ。


 ベックは緩~いタテノリモードで歌い、バンドもオーディエンスも緩いリズムに乗っかっていた。ダンサーくんは、袖から小さいラジカセを肩に担いで登場し、やがてそれをステージ前方に置くと、また袖の方に戻っていった。少ししてまた登場するのだが、やはりラジカセを担いでいて、それは少し大きめになっていた。演奏が進み、曲がクライマックスに差しかかろうかというとき、またもやダンサーくんは更に大きめのラジカセを担いで登場し、ステージに置いて去っていった。演奏を楽しみつつ、もうラジカセ出て来ないだろうと気にもなっていて、そしたらなんと、曲が終わりそうな頃になったときに彼はバカでかいラジカセを担いで出てきて、これでちょうどオーラスとなった。なんだこれ(笑)。





 代表曲の極めて少ないレアなセットとなったが、個人的には大満足のライヴだった。『The Information』の世界観が見事に構築されていて、「表現者」ベックの奥深さ、引き出しの多さを垣間見ることができたからだ。この最新作やこの日のパフォーマンスは、近年頭角を現しつつあるアーケイド・ファイヤやブロークン・ソーシャル・シーン、あるいはムームといった、多人数編成で多彩な音楽を表現するバンドに対する、ベックからの回答だったようにも思えた。




(2007.4.14.)














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