Nine Inch Nails 2000.1.10:東京Bay N.K.ホール

東京圏でアリーナオールスタンディングといったらこの会場、というのがすっかり定着した感があるNKホール。立地条件は滅法悪いが、それでもクルマを飛ばして開演時間すれすれに会場入り。私は例によって例の如くスタンド席だ(笑)。しかし、アリーナはぎっしりなのに、スタンド席は閑散とした寂しい客入り。なんて勿体ない。外人アーミーセキュリティは、先日のレッチリのときほどの数ではなく、少し意外。





 客電がついたままの状態でイントロのSEが鳴り響き、そのまま『Somewhat Damaged』へと突入する。ステージを覆っていた黒い幕がゆっくりとせり上がる。煙が立ち込め、照明が入り乱れる中、少しずつメンバーの姿が見えてくる。もちろん中央にはトレント・レズナー。その向かって右には北斗の拳に出演できそうな風貌のg。左はb。ドラムセットは一段高い位置に設置されている。


 アルバム『The Fragile』を聴く限り、ライヴではトレントのvoがバックのサウンドに負けて聞こえなくなるのでは、と気になっていたが、そんな不安はいきなり打ち砕かれる。トレントがギターをかき鳴らしながら絶叫し、あろうことかぴょんぴょん跳ね、ステージ狭しと右に左に動き回る。狂気が、私たちを打ちのめす。





 私が初めてNINを見たのは5年半前のウッドストック94の映像でだった。そのときのトレントは長髪を振り乱し、泥まみれになりながら絶叫していた。衝撃だった。ところが、昨年発表された『The Fragile』に付随したトレントの写真は、なんかこざっぱりとして普通のお兄さんのような感じで、私は違和感を覚えていた。だけど今目の前にいるトレントには、5年半前の泥まみれのトレントがダブって見える。このライヴとんでもないことになる、という予感が早くも走る。私がスタンド席をチョイスしたということは、前の人さえ立たなければ座ったままでライヴを楽しむつもりがあってのこと。だけど、とてもじっと座ってなんかいられない。


 続いては『Terrible Lie』『Sir』と、ファーストアルバムからの曲が畳みかけられる。ファースト『Pretty Hate Machine』が発表されたのは89年。ストーン・ローゼズのファーストと同じ年に発せられた、90'sのロックの試金石とでも言うべき作品か。この凄まじさ。この圧倒性。2000年のこんにちだからこそ不思議なリアリティを帯びて甦る。そしてそのまま、今度は『the downward spiral』からの『March Of The Pigs』へと繋がれる。


 トレントは歌いながらgの兄ちゃんにからみ、なんと演奏中なのに彼をなぎ倒してしまう。そしてもつれるようにして自分も倒れる。この壊れよう、このパフォーマンス。凄まじすぎる。このgの兄ちゃんをステージ下に突き落とし、そして自分もいつのまにかステージを降りて下にいる。ピンスポットが当たらないので様子がわからないが、どうやらアリーナ最前のオーディエンスの前を歌いながら少しずつ歩いているようだ。セキュリティがトレントを囲み、アクシデントが起こらないように配慮するさまがかろうじて確認できる。


 いつのまにかステージに舞い戻っているトレント。淡々と鍵盤を叩き、まるで不協和音のような『The Frail』のもの悲しい音色が響き渡る。今回のツアーは今までの全ての作品から満遍なく選曲された構成になってはいるが、それでもいよいよのフラジャイル・ワールド幕開けを予感させる。私の額には脂汗がにじみ、そして両腕には鳥肌が立っているのがわかる。ステージ天井からは、UFOのような形をした照明がゆっくりと降りてくる。細長い蛍光灯が縦に取り付けられ、発光している。この静かで穏やかな曲調は、『No,You Don't』で突き崩され、続く『Gave Up』で一気に沸点にまで持って行かれる。


 しかし、この後に更に度肝を抜かれる瞬間が訪れる。インストナンバーである『La Mer』の優しい音色が始まった途端、ステージの上の方から白い幕が降りてきて、メンバーを隠す格好になる。その幕に次々と映し出される映像の数々。

















水、


















水泡、


















水面、


















津波、


















竜巻、


















銀河、


















無限の大宇宙、




































 そして、その映像の中に溶け込むように幕の向こう側で淡々とギターを弾いているトレントにスポットが当たる。壮大な大宇宙、壮大なロマンが場内を支配する。思わず歓喜の拍手が沸き起こる。かつて、これほどまでに映像と音楽が融合した瞬間があっただろうか。これほどまでに、壮大な空間と時間が流れるのを体感した瞬間があっただろうか。























 ステージは『The Great Below』~『The Way Out Is Through』へとつなぎ、更に美しくも不気味な映像が次々に出現する。























無数の細胞。


















分裂する細胞。


















結合する細胞。


















脈動する胎内。


















誕生する生命。


















生物の神秘。


















宇宙の神秘。




































 スタジオレコーディングのアルバムにおいては、このような天地創造、万物創生を思わせるような作品はこれまでにいくつもあった。しかし、それをライヴで体現することの困難さに挑戦し、ここまで勝ち得ることのできたアーティストがいただろうか。これほどまでに壮大で、これほどまでに荘厳な時空を作り上げることに成功したアーティストがいただろうか。



































 燃えさかる炎が映り、その炎に焼かれるかのように幕が再びせり上がり、『Wish』による圧倒的な音の洪水が、私たちを時空を超えた旅から現実に引き戻す。まさに"ブロークン"だ。激しいドラミング。激しいギターノイズ。トレントの悲痛なばかりのシャウト。まさにメーターがレッドゾーンを振り切らんばかり。クライマックスから一気にラストスパートに差し掛かろうとしている。


 そして本編ラストを締めくくったのは、またしてもファースト『Pretty Hate Machine』からのナンバーだった。デビューからこんにちに至るまで、トレント・レズナーの視点が、ナイン・インチ・ネールズの立ち位置が、一貫して変わらないことの何よりの証明か。「センキュー」と言い放ち、ひとまずステージを後にするトレント。ノイズが幾重にも重なり、それが当然のようにアンコールを求める怒号を喚起する。この叫びを聞いてくれ!この叫びに答えてくれ、トレント!














 再登場し、オーディエンスに対して感謝の意を表するトレント。アンコールは、またもや圧倒的なナンバー『The Day The World Went Away』で始まる。無限なる空間が、再び私たちの前に広がってくる。雑誌のインタビューを読む限り、この人はとても生真面目でおよそジョークなど飛ばしそうにない人かな、なんて思ったりもする。しかしこの生真面目さが、いったんステージに上がれば狂気溢れるパフォーマンスへと変貌を遂げるのだ。


 そして、今度はほんとうの幕引きの時が訪れることとなる。『Hurt』。悲痛さが漂う中にも美しい瞬間が何度も訪れる。それが観ている方にまでひしひしと伝わってくるナインインチの代表曲。そして幕引きを飾るに相応しい感動的な、万感募る思いがする曲だ。曲が終わり、メンバーがステージを後にする。無人のステージ。しかし、ノイズだけが延々と鳴り響く。終局。そして終焉。そして歓喜の渦。そして言いようのない感動。



































 ナイン・インチ・ネイルズほど来日が待たれていたアーティストはいなかった。そしてそのライヴは、私たちの想像を遥かに超えていた。凄いモノを観た、としか言いようがない。しかし言わせてもらうならば、このライヴに屋根付きの会場は不似合いだ。密閉された空間よりも、もっと相応しい空間を授けるべきだ。そう、野外ステージ。観たい!このライヴを野外で観たい!天空にきらめく星が。ステージを彩る無数の閃光が。天地創造と生命の息吹を音と映像の両面からシンクロさせた瞬間が。その全てが融合されるのを。その全てが、ひとつになるのを。
















(2000.1.11.)































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