Red Hot Chili Peppers 2000.1.8:日本武道館

フジロック97以来となる日本でのライヴ初日、渋谷タワーレコードでレッチリのトークショーなるイベントが催されるとのことだった。当日朝配布される整理券を獲得すべく、前日のエアロオフ会の疲れを残しつつも朝9時20分頃に現地に着く。しかし既に長蛇の列が。イヤな予感を感じつつも列の最後尾に並ぶ。そして開店。列が少しずつ進むが、なんと私の5、6人くらい前のところで整理券の配布が終了してしまった!嗚呼。がくっ。ばたっ。どてっ(死亡)。あと10分早く起きりゃよかった。なんとなく3Fの洋楽コーナーに行くが、フロア内ではレッチリがガンガンにかかりまくり。しかし私にとってはムカつくだけだ(笑)。





 気を取り直して夕方武道館へ。かなり時間に余裕を持って開場30分前に着く。ふらっとグッズ売り場を覗いてみるが、コチラも既に長蛇の列。一瞬躊躇するが、結局列の最後尾に並ぶことにする。どうやら私にとってレッチリは"並ぶ"宿命がつきまとうアーティストらしい(笑)。パンフとハットとTシャツを買う。以後クルマに戻り、開演ぎりぎりまで『Californication』を聴きながら鋭気を養うことにする。


 場内はアーミー服を身にまとう外人セキュリティが多数配置。アリーナはおろか1F、2Fのスタンドまでも、だ。不穏な空気と圧迫感を感じる。席に着き、ライヴが始まるのをじっと待つ。そして6時20分。客電が落ちた。ついにこの時が来た!来たんだ!場内はウォーーッ!という怒号に包まれる。アンソニーは金髪に黒のジャージ姿。復活したジョン・フルシアンテは上着のボタンを留めておらず、胸元がちらちら見える。そしてフリー!赤い頭髪に上半身裸だ。少しジャムるような感じでイントロを流し、そしてそれがやがて、フリーのクリアなベースラインに集約される。『Around The World』、だ。いよいよスタート。怒号のヴォリュームが一層高くなる。


 ステージを形成する鉄柱は最小限に留められ、私のいる西スタンドからも4人の様子がよく見える。バックには巨大なスクリーンがあってステージを映したり、水が流れるような抽象画像?っぽい映像が時折流れたりする。アンソニーのvoパートのときは穏やかな曲調。そして、間奏になるとフリーとフルシアンテとの掛け合いになる。フリーの存在感が凄い。首を上下に、体を前後に振りながらリズムを取り、そしてアンソニーに合わせて跳ねる。バンドの中でベーシストがこうまで目立つのも珍しい。そしてベースラインが異様なまでに曲の中で際立っている。それもこれもレッチリならではであり、レッチリが単にビジュアル面のみならず、サウンドや、果てはバンドのあり方そのものとして他の多くのミュージシャンと一線を画している所以かもしれない。アリーナは椅子をモノともせず既にモッシュ状態。というか、場内みんなモッシュ状態だ。5年前のパール・ジャム武道館公演を思い出す。


 そして、2曲目で早くも『Give It Away』だ!この曲を観て、聴いて、興奮せずにはいられない。そして、アノ場面を思い起こさずにはいられない。2年半前のフジ・ロック・フェステイバル97。その初日のトリを飾ったレッチリ。当日は台風直撃を食らい、その中でもレッチリのときが最も雨風が強かった。今でこそ伝説だ凄かったと冷静に振り返ることができるが、そのときはとてもじゃないがそんな状況じゃなかった。体温を奪われ、視界もままならず、足元もぬかるんで不安定。それでも、私たちはモッシュした。天高く飛んだ。そのときのラストが『Give It Away』だった。アンソニーがけがで腕を吊りながらもシャウトした。フリーが、ベースギターをドラムセットに叩きつけ、そしてなんとマスターベーションまでしてしまった。あの異様な極限状態が、甦ってきてしまったのだ。今夜はそのフジロック以来の日本でのライヴである。彼らは帰ってきた。彼らは生還してくれたのだ。場内は「ぎぶるうぇいぎぶるうぇいぎぶるうぇいなぅ」と、アンソニーの巻き舌に合わせて大合唱となり、イヤが上にもテンションは上がる。





 「コンバンワー!」フリーのMCである。その後英語でいろいろまくしたてた後、今日来てくれたことを感謝、と言ってくれた。そのまま『Scar Tissue』へ。アルバム『Californication』はこれまでのレッチリの作品に比べると全体に穏やかな調子で、最初聴いたときは少し物足りないなんて思ってしまった。だけど、ライヴに備えて改めて聴き直してみると、幾多の苦難を乗り越えてきたレッチリの今の姿として、妙に妖しい凄みを感じるのだ。アンソニーの右側に構えるジョン・フルシアンテ。フリーほどの派手さはないが、しっかりと仕事をこなす職人の様相を見せる。


 ヒレル・スロヴァクが死に、ジャック・アイアンズが脱退したときもそうだった。92年の来日公演中、大宮公演1回だけをこなした後にジョン・フルシアンテが脱退してしまい、残りの公演をキャンセルしたときもそうだった。そしてフジロック以後のレッチリも、これまた浮沈が激しかった。予定していたツアーをキャンセル。やがてデイヴ・ナヴァロは脱退。レッチリ最早これまでか、解散か、と危ぶまれた状態が続いた。それを、心身共に回復しつつあったジョン・フルシアンテの電撃復帰によって彼らは乗り切ったのだ。アルバム『Californication』が発表されたこの状況は、ストーンズが89年に放った『Steel Wheels』にダブって見える。今回のツアーは単にニューアルバム発表に伴うツアーという意味合いだけでは片付けられない。彼らは復活した。彼らは、その結束を新たにした。地獄から戻ってきた男たちの間にできたパイプは鉄よりも強固だ。『Otherside』に、そしてタイトル曲に、それを演奏する彼らの姿に感動を覚えるのは私だけではないはずだ。


 その上にダメ押しされる『Blood Sugar Sex Magik』。またもやフジロックの"絵"が思い浮かぶ。この日の公演では前作『One Hot Minutes』からの曲がほとんどなく、個人的には意外だったが(デイヴ・ナヴァロ在籍時代だから意図的に外したのか?)、片や『Blood Sugar ~』はレッチリがはじき出した金字塔として、今なおバンドの柱として生き続けているということなのだろうか。途中、ジョン・フルシアンテのソロがあり、少し湿っぽい気分に浸ってしまった。かと思えばクラッシュの『London Calling』をイントロだけ演る一幕も。そういやフジロックのときはスパイス・ガールズの『Wanna Be』をチラッと演ったっけ(笑)。おちゃらけも相変わらず健在で、こっちの感傷的な想いはスルリとをかわされる。


 終盤は貫録の『Under The Bridge』、そしてまたもやフリーのベースから発する重低音によって始まる『Me & My Friends』の2連発で、もう圧倒しまくって本編終了。アンコールを求める拍手は「オイ、オイ・・・」という呼び声と重なってこの日何度目かになる怒号と化す。かなりの間が空くが、もちろんメンバー再登場だ。そしてほんとうのラストは『The Power Of Equality』だった。メンバーがステージを去ってすぐさまBGMがかかり、そして客電がつく。演奏時間が短かったために(1時間20分くらいです)、場内からは「えーーっ」という声が漏れたが、レッチリは演奏時間の長い短いという尺度で測るアーティストではない。というより、この潔さもレッチリの魅力のひとつなのだと思うけど。





























 レッチリの音楽、そしてバンドとしてのあり方は、ミクスチャーだのボーダーレスだのと言われてきた。そしてこのことは、レッチリが異端でありながら90'sを代表するバンドのひとつとなり得たことの根源になっているのだと思う。そして付け加えるならば、レッチリほど日本と因縁が深いバンドはなかった。メジャーでありながら、こと日本においてはミステリアスな存在だった。その曇りが、この日少しだけ払拭できた。少しだけ、確認できた気がする。




(2000.1.9.)































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