Lauryn Hill
=99.1.23:東京国際フォーラム ホールA=






 私は自分にはあまり運があると思っていない。むしろ運が悪い方だと思っている。貧乏クジ引いてばっかり。なんで自分だけがこんな辛い思いを、こんなイヤな思いをしなければならないのか・・・、なんて、1人でこもってしまうことも少なくない。




しかし、この日ばかりは、自分にも強運があることを信じずにはいられなかった。




 約5,000人のキャパの国際フォーラム、そのステージ直前から3列目という、まさにライヴを楽しむには贅沢すぎる位置取りである。以前同じ会場で観たバウハウスも、レディオヘッドも、2階席からステージを見下ろす感じだった。東京ドームをはじめ、数多くのコンサート会場に足を運び、ドームの広さにも慣れ切ってしまった私にとっては、どこの会場でも狭く感じているものだが、やはり、今日の席は近すぎる。後ろを振り向くと、当たり前だがほとんどの観客が自分の背中に位置していることがわかる。


 開演予定時間の午後5時を20分ほど過ぎて、やっと客電が落ちる。イントロ曲が一通り流れ、次にローリンの生声が場内に響き渡る。メンバーが徐々にステージに現れるが、ローリンだけが姿を見せず、結局このまま1曲歌い切ってしまう。そこで『Ex-Factor』のイントロ。そして、真打ちがゆっくりと登場する。




狂喜!




がしかし、




ローリンちっちゃい!




折れそうなぐらいに細い!





















CMで『To Zion』を熱唱するローリンの姿、



そのあまりの悠然とした姿、



あまりの圧倒的な姿、



自信に満ちた姿、



女性として、母親としての強さ、



98年の"顔"であり、



時代を担う、



時代を背負う、



時代に後押しされる、



まさに21世紀の女性シンガー、



それが私のイメージだった。

























 それが目の前のローリンは私たちと少しも変わらない、まるで期末テストに追われて頭を悩ませている学生のような、普通の女のコにしか見えない。ローリンのいでたち、ピンクのニットのカーデイガンを羽織り、頭には同じピンクのニット帽。お人形さんみたいだ。




しかし、上体を小刻みに揺らしながら切々と歌う。





目の前たった数メートルで、その姿を確認できる。





もう、最初から頭の回路がショートしてしまった。





 歌い終わったローリン、「ミンナ、ゲンキ?」「ミンナ、ハッピー?」と客席に問いかける。気持ちが和む。バンド編成は、keyが3人、gが2人、DJ2人、b、ds。更にsax、トランペット、トロンボーンの管楽器兼コーラスのトリオ、女性コーラス3人、そして男性ラッパー、とかなりの大所帯である。


 フージーズ時代の『Fugee-La』では歓声も一段と高くなる。はっきり言えば、フージーズとして大ヒットを飛ばし、時代を席巻していて賞を総ナメしていた頃は、その名前だけは認知していて、ほとんど見向きもしなかった。90'sに入り、全米のシングルチャートのほとんどは黒人R&B系アーティストが独占してしまうようになってしまい、そういった状況に退屈さを感じてしまっていたのだ。


 しかしやはりそれは偏見というもので、現実に目の前で観て聴いてみると、それはもの凄いメッセージ性を秘めているように感じられる。何か目に見えない、重いモノを背負っているような、そんなふうに受け取れる。そこから私の好きな曲『Lost Ones』へとつなぐ。


絶妙。



重いビート、



歯切れのいいビート、



ローリンのシャープな動き、



バンドの鉄の結束感、



鉄壁のコンビネーション、



炸裂するエモーション、



美しい、



素晴らしい、



少し、切ない、



少し、危うい、



しかし、強さがにじみ出ている、



しかし、優しさがにじみ出ている、



そして、やっぱり圧倒的である。



やっぱり、時代を牽引している。



やっぱり、21世紀を担うアーティストだ。



やっぱり、新しいタイプの女性シンガーだ。

























 この後ローリンは楽屋に引っ込み、DJのスクラッチ〜dsソロに入る。ステージ前方に白いバケツが多数並べられ、後ろのドラムセットから出てきてバケツを叩くドラマー。そしてローリン再登場。今度は帽子を取り、トレードマーク(と私が勝手に思っている)ドレッドヘアがあらわになる。眩しいほどに濃い黄色のシャツ、そしてロングスカートだ。


 通訳の日本人スタッフを呼ぶ。この日はこの人の誕生日らしく、ローリンから花束が手渡される。皆で「ハッピー・バースデー」を合唱。そういえば、3年前にレニー・クラヴィッツを観に行ったときに、ちょうどその日がdsの女性の誕生日で、同じようにハッピーバースデーを場内で合唱したことを思い出した。レニクラにせよ、ローリン・ヒルにせよ、単なるワンマンではない、単なるフロントマンではない、バンドを愛し、スタッフを愛し、感謝の意をストレートに表現する。このフレンドリーな雰囲気、このファミリー的な雰囲気、微笑ましくなってしまう。


 バンドとDJの演奏合戦、審査員は私たち観客、なるものが突然おっ始まってしまう。ローリンがバンド側を、男性ラッパーがDJ側につき、それぞれに妙技を見せる。ローリン込みのバンド側はスタンダード曲を連発。私が聴いてそれとすぐにわかったのはスティーヴィー・ワンダーだけだったが、他にもボブ・マーリーとかジャクソン・ファイヴとか、いろいろとやったらしい。しかし、この対決、結局どっちが勝ったのだろう(笑)?


 本編最後は『Doo Wop』『To Zion』の超強力シングルヒットナンバーで攻めたてる。特に、『To Zion』のところでは、先程の通訳スタッフさんを再び呼び寄せて、この曲に対する想いを私たちに伝える。



「この曲は、息子のZionのために書いた曲です。」




「しかし今では、娘のための曲でもあります。」




「そして、その2人の子供たちは、今楽屋で眠っています。」




 CMの映像に見られる『To Zion』でのローリンは、子供が誕生した喜び、それを世界中に知らしめたいというような圧倒的な叫びを示しているように見えた。しかし、ここでのローリンは、少しずつ成長を遂げている愛息に対する、母としての優しさ、温かさがにじみ出ているように見える。





 アンコールを求む拍手が響く中、再びメンバーがステージへ。そして、『Killing Me Softly』のイントロ部分を歌いながら登場するローリン。しかし、バンドにやり直しを命じる。1回。2回。本人の抱いていたイメージと違ったのか、演奏自体を途切れさせることなく、繰り返してやり直す。バンド内に緊張感が走っている。そしてスタート。いよいよ終わりが近い。物語に終わりはつきものであり、必要である。しかし、この物語、私の目の前で繰り広げられているドラマ、終わってほしくはない。


 ついにラストの『Everything Is Everything』が始まってしまう。ステージを右に左に、客席近くまで接近するローリン。少しでも多くの客と握手を交わそうとする。もう何度目になるのか、またも私の席の正面に位置するところまで来てくれたローリン。しかし、私の座席はちょうど門になっていて、ステージとは少し空間があって、ローリンの手が届くところではなかった。



しかし、もうそんなことはどうだっていい。




私も、




この日集まった大勢の観客も、




スタッフも、




バンドメンバーも、




そしてもちろんローリンも、




同じ時間を共有し、




同じ空気を体感し、




同じエネルギーを発散し、




楽しんだのだから。




喜んだのだから。




満たされたのだから。




幸福な瞬間を過ごしたのだから。

























 ローリン・ヒルのツアーは、ここ日本がスタートで、この後世界各地へ飛ぶのだという。ワールドツアーの初演が日本公演だったりすると、だいたいリハーサル扱いとみなされることが多い。しかし私は、ローリンがツアーのスタートに日本を選んでくれて、ほんとうによかったと思っている。感謝している。どこにでもいそうな女のコ、時代に選ばれたシンガー、母親、そして1人の人間として・・・。さまざまな姿を垣間見ることができたと思っている。まさに夢見心地の気分だった。素晴らしいひとときだった。





(99.2.2.)































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