Fatboy Slim 98.11.21:ザ・ガーデンホール

普段は夜も10時になると人もまばらであろう恵比寿ガーデンプレイスだが、今夜はなぜか人ひとでにぎわっている。むろん、ファットボーイ・スリムことノーマン・クックのオールナイトライヴのためだ。会場であるガーデンホール前は開場前から既に長蛇の列となっている。しかし、開場が遅れているようだ。11月も下旬になると夜は風が冷たくって結構こたえる。


オールナイトのイベントなので、真打ちは最初からは登場しない。前座の皿回しが何人もいるはずだし、最初からトバしては真打ちを迎えるまでもたない。会場外で人がぞろぞろと入場するのを見守り、整理番号が最後の方の人がだいだい入り切ったのとほぼ同じくらいに中に入る。夜11時過ぎだ。3月のグリーン・デイのときと同様、荷物を入れるためのゴミ袋が用意されていて、500円払ってバッグと上着を入れる。


会場内、ホールのある3Fはホール内はもちろん既にDJが皿を回していて、思い思いに踊る人ひとで埋め尽くされている。しかし、今回はロビーにもDJブースが設置されていて、普段ならジュースやグッズ売り場としてしか機能しないはずのロビーもダンスフロアと化している。4Fに上がると、ここは吹き抜けになっていて、3Fの様子を見下ろせるようになっている。ここでノーマンが登場するまで体を休めることにする。


時刻は12時をまわり、踊る人がまばらだったロビーのDJブースもいつのまにか人が集結している。がしかし、体力温存おんぞん・・・とじっと身を固めて座っている私。と、ダンダンダン、ダンダンダダン♪という聴き慣れたリズムが鳴り響く。



『Lust For Life』!


体が反応してしまい(笑)、思わず立ち上がって下を見下ろす。いつのまにか凄い人の数が集中していて踊り狂っている。そして、次にかかったのは・・・、



『The Rockafeller Skank』だ!


おいおい、そりゃ反則だろう(笑)、と思いつつも、踊り狂っている人たちはもうそんなのおかまいなしだ。そんな中、



「ピチカートの小西さんが中で回してる!」


という話を聞きつけ、これはもう行かなくちゃいかん、と思い、ぞろぞろとホール内に入る。じりじりと足を進めて前5列目くらいまで接近してみる。小西さん、もちろん初めて見るのだが、なんか想像よりがっちりした体格だ。あごにヒゲをたくわえている。皿を回しながら時折自分でギターを弾く手振りを加え、タテノリで自分も踊る小西さん。少しだが、私も体が左右に動いてしまう。そして、1時をまわったころ、ついにノーマンがステージ上に姿を見せた!みんな一斉に前の方に押し寄せる。私はというと、なんと



最前列


をゲットしてしまった。ステージ向かって右側の方だ。おかしいな、もっと後ろの方でゆったりと観るはずだったのに・・・(笑)、と若干の違和感を覚えながらも、せっかくなのでここで見届けることに腹を決める。


小西さんが回し続けるのを、同じステージ上で少し後方から見つめるノーマン。そして、曲間を切らすことなく小西さんはノーマンにつなぐ。入れ替わり際にがっちり握手する両者。いよいよ始まりだ。


こんなに間近でライヴを観るのは随分久しぶりだ。ステージと柵の間には、通常のライヴであればセキュリティが構えているところなのだが、そんな人は誰もいない。その代わりに、ビデオカメラやビデオムービーを構えたスタッフがたくさんいる。私のすぐ前にも三脚で固定したビデオカメラが設置されていて、私の立ち位置からファインダーを覗くことができる。右目でそのファインダーを覗き、左目で本物を見る。そして踊る。なあんか、妙な感じだ。まさかと思ったがダイヴも発生し、女のコがべちゃっとステージと柵の間に落ちる。うつぶせになったまま動かず、ビデオ撮りしていたスタッフが慌てて抱きかかえて運ぶ。そして、そのすぐ後にまたダイヴ!今度は男のコ。ビデオ撮りしていた別のスタッフの頭に直撃し、スタッフもろともブッ倒れる。おいおい、大丈夫かい。セキュリティ配置せんからこんなことになるのだ・・・。しかし、ココの空気は密度濃いぜ。


ノーマン・クックは厳密にはミュージシャンとは言えないかもしれない。楽器をやるわけでもなく、ましてや歌など歌うわけもない。DJとして既発表曲をREMIX、もしくはサンプリングしたものをただひたすら回すだけだ。なのに、どうしてみんなこんなに熱狂しているのだろう。どうしてみんなこんなに弾けているのだろう。失礼だがルックスが美形なわけでもないし、単なるにこにこしたオヤジとしか思えないこともない。しかし、ノーマンが皿を回す、ただこれだけのこの行為が、なぜかカッコいいのである。



それは一体なぜだろう?


「ビッグ・ビーツ」という言葉、最初はとても短絡的な言葉に聞こえた。デカいビートかい。まんまやないか(笑)。「デジタル・ロック」同様、極めてあいまいな言葉だ。しかし、ノーマンの"魔法の手"から発せられる音の洪水・・・、ここにはプロディジーやケミカル、ゴールディーのようにロックがかったデジタルサウンドとも一線を画するサウンドが存在している。ロックのようでロックでなく、薄っぺらいダンス・ミュージックとももちろん違う。そして、当然ながらかつてのジュリアナの曲のように安っぽく感じることもない。



この圧倒的な音


この断定的な音


オアシスのアルバムではないが、まさに今ここにある音なのではないのか。


最前列で、すぐ間近で観ているのに、なぜか距離感を感じてしまう。安っぽい言葉だが、ノーマンが"オーラ"を発しているように感じる。そのオーラを、私たちも一身に浴びている。ステージのバックはスクリーンになっていて、曲に合わせた映像を流し、時折皿を回すノーマン本人をも映し出す。スクリーンの荒い解像度が、一層神秘性を高めているように感じる。


次々にレコードを回しては差し替えるノーマン。2枚のアルバムからの曲も、それ以外の曲もかけまくっている。しかし・・・、



長い・・・


正直、1時間半か、長くても2時間くらいで終わるだろうと(それでもスタンディングでは充分すぎるくらいの時間だが)思っていたのに。それが、いつ終わるのか全く見当がつかない。最前列を明け渡すのも悔しいので(笑)、私も意地になってそのまま踊り続ける。しかし、体は動いてはいるのだが、頭が、というか脳が眠っているような感覚に何度も襲われる。ステージに視線を返す。ノーマンの様子は最初となんら変わらない。常に笑みを浮かべながら、ひたすら皿を回す。ひたすら客をあおる。レコードを持ったまま手を上にかざし、客に答える。この人もずっと立ちっ放しだというのに、見かけによらずタフなオヤジだ。



しかし、私の脳を襲う睡魔が、一撃でブッ飛ばされる瞬間が来た。


『When Doves Cry』!!


へばっていた私の体、私の頭、私の脳、私の中枢、その全てに電流が走った。


床を蹴り、


両手を伸ばし、


手を叩き、


奇声を発し、


今この瞬間を精一杯に体感する。


ギアチェンジは続く。


『All Day And All Of The Night』!


そして『The Rockafeller Skank』には、なんと『Satisfaction』が被せられている!


空気の渦が急加速している。


みんなの意識が集中している。


アクセルをいっぱいに踏み込み、


メーターを振り切り、


前のめりになってゴールまで一直線に突き進む。


そして、ゴールが近づいてくる。


近づいてくる。


フィニッシュラインが、見える。


チェッカーフラッグが、見える。


一気に、突き進む。


そして、最後の力を振り絞る。


振り絞る。


トップスピードに、のせる。


トップスピードのまま、突っ込む。


ゴールに向かって、突っ込む。


チェッカー目指して、突っ込む。


突っ走る。


突っ走る。


突き抜ける。


そのまま、突き抜ける。


体ごと、突き抜ける。


そして、その場に、崩れ落ちる・・・。



























時計を見た。


午前4時をまわっていた。


ノーマンと、そして私たちは、


3時間もの時間を共有していた。


満足気にステージを後にするノーマンを確認し、


私たちも夢うつつのまま、


それぞれの身の置き場に戻ることにする。



























DJはなおも続き、会場内にビートが響き渡っていた。重くなった体を引きずって、死んだように床に身を横たえ、瞳を閉じた。そして、心身を解放させた。そして、弾けて出し尽くした疲れを少しでも取り戻そうとした。



























(98.11.29.)



















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