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アイデン&ティティ 映画版その2(2004年)

公開日: : 最終更新日:2023/02/12 アイデン&ティティ

オリジナルサウンドトラック『アイデン&ティティ』

峯田演じる中島のバンド「スピードウェイ」は、ヒット曲が『悪魔とドライブ』1曲しかなかった。バンドブームが去った後、仕事は激減。コタニキンヤ演じる岩本も、GODに見切りをつけてソロへ。GODはビジュアル系バンドだったのだが、ソロの岩本はなんとヒップホップに転じていた。

中村獅童が峯田に「やめてやる!」と絶叫したシーンは、仕事の少ないバンドに事務所社長の岸部四郎が気を遣い、雑誌社側に頼んで取材の場を設けたときのことだった。記者の大杉蓮はスピードウェイの音楽など聴いたこともなく、取材前からブームに翻弄されたバンド像を勝手に作り上げていて、それが峯田をキレさせたのだ。しかし中村獅童は、久々の仕事だったこともあり、我慢してこなすべきだったと訴えて峯田と衝突。それで「やめてやる!」となる。

この後中村は、以前付き合っていた女に刺されて入院。バンドにはクラブチッタでのロックフェス出演の話があったのだが、ヴォーカリストを欠いた中で、参加か不参加かの選択を迫られる。見舞いに行った峯田に、中村はお前が歌えと諭す。「やめてやる!」は、衝突はしても、それが2人の仲を引き裂く決定的なことばではなかったということがわかる。スピードウェイはロックフェスに出演し、久しく歌っていなかった峯田は見事にステージをこなした。

岸部四郎のクビ宣告は、この後バンドに持ち上がった、テレビ番組の生出演直後のことだ。番組はかつてのブームに乗ったバンドたちをかき集めたもので、言わば懐メロもの。スピードウェイは当然『悪魔とドライブ』を求められ、峯田は歌詞を変えて今の自分たちの気持ちを歌いたいと主張(もちろん却下される)。リハーサルは淡々とこなすが、いざ本番になったとき、峯田は「この歌を、ロックを単なるブームとして扱ったバカどもに捧げる」と言い放ち、原曲とは似ても似つかないノイジーな演奏をする。番組は「しばらくお待ち下さい」画面に差し替えられ、演奏を終えた後の楽屋で、岸部のクビ宣告に。しかし峯田やメンバーは、やることはやったという満足感に満たされていた。

「やめてやる」発言にせよ、クビ宣告にせよ、それがバンドのスタンスや映画そのものをネガティブにするものではない。そんな描き方になると予想してはいたが、峯田の迫真の演技によって、映画終盤は予想以上に熱を帯びた仕上がりになった。

峯田が演じる主人公中島には、彼にしか見えないのような男のほかに、もうひとり重要な存在がいる。麻生久美子演じる「彼女」がそうだ。

中島は決して見た目いい男ではなく、それは本人も自覚している。それなのに、彼女と付き合ってもう結構な年月になる。バンド活動が不安定なとき、自分がどう進むべきか迷うとき、彼女の存在や彼女のことばが大きな支えになる。だけど時には、彼女がなぜ自分を好きでいてくれるのか、いつかは自分のもとを離れて行ってしまうのではないかという、もうひとつの不安にも襲われる。

彼女は中島に、好きだとは答えるが、「なぜ」「どこが」好きなのかは答えない。この映画では、この部分についてほとんど描かれていないがために、「男にとっての理想の女」あるいは「男にとって都合のいい女」というイメージが残ってしまう。実際のところ、見終わった直後はワタシもそうだったのだが、しかしどうしても、そう決めつけてしまうことに釈然としないものがあった。

それは、ボブ・ディランの存在があるからだ。

学生時代、男をとっかえひっかえしていた彼女が、なぜ中島に興味を持ったのか。なぜ、バンドでコピーをしている中島に意見したのか。そしてなぜ、中島にディランの『Bringing It All Back Home』を薦めたのか。デイランのアルバムを薦めたということは、彼女もそれなりにディランについて知っていなければならないし、このアルバムを含め、ディランの作品をいくつかは聴いていなければならないはずだ。今回の「アイデン&ティティ」が中島の物語であるならば、中島と出会う以前に、彼女自身にとっての「アイデン&ティティ」物語があったに違いない。

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