Santana 2000.4.22:東京国際フォーラム ホールA

客層は意外や高かった。昨今のラテンブームや『Supernatural』大ヒットに導かれての若いファンが多いのかと思ったが、そうではなかったようだ。年配の夫婦、子供連れが多数見受けられる。口元にひげをたくわえた中年男性が異様に多く、中にはロングヘアーで頭にバンダナまで巻いてほとんど"成り切っている"人もいた。野口五郎も観に来ているのだろうか。





 午後5時という健全な開演時間。そしてその8分後には客電が落ちた。カーニバルのようなイントロが響き渡る中、メンバーが次々にステージ上に姿を見せる。現在のバンドは計8人の編成。最後に御大が登場する。セルリアンブルーのジャケットをまとい、黒いハットにグラサン姿である。


 イントロはやはり御大の指先から始まった。各パートを担うバックがそのアクションに遅れまいと追随する中、演奏のヴォリュームが少し下げられる。マイクを手にする御大。73年に初めて来て以来何度も日本でライヴを演っていて、今回こうしてまた日本でライヴが演れて嬉しいし、みんなも楽しんでいってほしい、という旨のことを話す。


 ライヴは『Yaleo』で幕が開く。序盤は最新作にして大ヒットを記録、グラミー受賞まで果たしたモンスターアルバム『Supernatural』からの曲を中心に進む。ステージバックにはエキゾチックな映像が映され、スポットライトの色もアルバムジャケットのカラーを踏襲している感じだ。


 オープニングの御大自らのMCに、私は2つのことを感じ取っていた。ひとつはオーディエンスに対して最高のパフォーマンスを提供するという姿勢。もうひとつは、自分の後ろに従えているバンドメンバーに対してのプレッシャーだ。「キミたち、ライヴというものがどういうものかわかっているんだろうね」とでも言っているように思えた。10年来の盟友であるkeyのチェスター・トンプソンはともかく、以外のメンバーはこのプレッシャーにもろにさらされているように見える。もっとも、グラミーに付随してのミニライヴやワンナイトのイベントはこなしているものの、本格的なワールドツアーとしてはこの日が今年の幕開きであり、気を引き締める意味合いもあるのかもしれない。





 演奏はもちろん御大のギタープレイがベースになるのだが、dsなりパーカッションなりコンゴなりkeyなり、というそれぞれのパートを担うプレーヤーの手腕が拮抗していて、どれが前面に出るということもなくギリギリのところにおいて絶妙のコンビネーションを見せている。私はこの日のライヴに備えサンタナのアルバムを何枚か聴いていたのだが、レコードではラテンビートが前面に出過ぎていて面食らった節があった。が、ライヴではその不満は解消されている。ウッドベースやアコースティックギターによる演奏も見られ、こうした様々な楽器を駆使する表現の多彩さはさすがだ。


 というわけで、個人的には序盤にもポイントを見い出して結構楽しめていたのだが、場内の雰囲気としては正直眠気が漂うような一種のヤバさがあった。御大がバンドに発するプレッシャー、とりわけ2人のヴォーカリストにはその風当たりがきついようで、2人とも歌はもちろんタンバリンやマラカスなどの小道具をとっかえひっかえやり、更にはステージ上を右に左に動いてはオーディエンスを煽る。が、ほとんどの人が座って観ている状態。座って観る=盛り上がっていない、ということは必ずしもないとは思うが、場内が一体化するような瞬間はまだ訪れていない。日本公演初日だから、というのもあるのかな。


 『Migra』の後2人のヴォーカルはステージ後方に下がり、御大のギターソロがフィーチャーされたインスト曲となる。曲名こそわからないがめちゃめちゃ美しい音色が国際フォーラムの天井を突き刺さんばかりだ。"泣きのギター"とはまさにこのことぞ。そしてその脇を固めているのはチェスター・トンプソンの優しいkey。ライヴのハイライトはこの後何度もやってくるのだが、個人的にはこの曲がとても印象に残った。





 サポートメンバー?によるアコースティックギターのイントロを経て、現在全米で大ヒット中の『Maria Maria』へ。今まで緊張感に溢れていたステージ上が、どこか和んだような、メンバーの気負いが払拭されたような様子に変貌している。先程のインスト曲がギアチェンジの役割を果たしたのだ。御大の計算で、ここまで締めていた手綱を緩めたのか。黒人と白人の2人のヴォーカリストのパフォーマンスも力みが抜けて軽やかな動きに変わり、そしてそれは上昇気流となって私たちを連れ去って行く予兆となる。


 不意にあの電撃のイントロがオーディエンスの全身を貫く。『哀愁のヨーロッパ』だ!「哀愁の」とはまさに言い得て妙、この邦題を名づけた人に感謝したい。前後に体をよじり、まるでギターと一体化したかのように弾きながらゆっくりと歩く御大。そしてその足は私の座っているステージ向かって右側の方に向かっている。今まで私の位置からは御大の背中ばかりが見えていて少し残念だったのだが、それがこの世紀の名曲のところで神の指使いを目の当たりにできるとは!私は自分で楽器を弾かないし、もちろんギター小僧でもなんでもないのだが、その視線は魔法のような指さばきにクギ付けになる。





 リッキー・マーティンに代表されるラテン・ミュージックのブレイク、そしてそのゴッドファーザー的存在としてのサンタナの再評価・・・というのが最近の位置付けなのかもしれない。来日が決まった当初、私が目当てにしていたのはクラプトンやジェフ・ベックにも比肩するであろうギタープレイだった。が、今このライヴを目の当たりにして、もうひとつの記憶が呼び起こされ、そしてそこからある想いが導き出される。


 90年にプリンスの来日が決まったとき、主催者だったテレビ朝日で深夜に特番が組まれていた。その中で当時のレコード会社担当ディレクターが、若きプリンスがカルロス・サンタナと会ったとき、緊張してしどろもどろしたというエピソードを話してくれた。プリンスは、その音楽的ルーツとして自らはジェームズ・ブラウンやジョニ・ミッチェルの名を挙げることが多く、逆にジミヘンと関連づけられることに関しては「(共通点は)ブラックだってことだけだろ」と吐き捨てるように言い放っている。


 ではサンタナはどうなのか。思うに、改名以後やたらギタープレイに執着するその姿は見事にサンタナとダブる。そして、少し時間をさかのぼってザ・レヴォリューションを率いて活動している頃の音楽性、及びライヴパフォーマンスは、まさにサンタナのそれから派生したもののように思えてくる。シーラ・Eのグラマラスなパーカッションプレイ。そしてどこかスカスカしたkeyの音色。今までこの辺りはスティーヴィー・ワンダーの3部作期と比較されることが多かったが、プリンスがそのアイディアのヒントをサンタナから得ていたのでは、と見なしても不思議と説得力を帯びてくる。





 壮絶なドラムソロを経て、再び御大のMC。断片的にしか聞き取れなかったが、虐殺や殺戮を憂い、子供や青少年を保護し、お互いをいたわり敬い合うという気持ちを忘れずに、というようなニュアンスのことを言っていたと思う。サンタナはこのような基金活動も行っていることを開演前にパンフレットを読んで知った。その一環としてのメッセージか。


 今度はベースソロまでおっぱじまる。いったい今夜のライヴ、いつになったら終わるのか先が見えなくなってきた。先程のドラムソロでも今回も、同様に他のメンバーはステージ袖に下がっていた。よって、この2つのクッションがアンコール扱いなのかもしれない、なんてことも考えてみる(もちろんそうではなかったが)。


 再びメンバー勢揃い。そしてそしてそして、ついに来ましたあのイントロが!『Black Magic Woman』!水戸黄門が印籠出さずに悪を懲らしめたら、見ている側はそりゃないだろうと文句をタレるに決まっている。サンタナといったらやはりこの曲。演奏しないワケがない。しかし『哀愁のヨーロッパ』然り、これだ!というキメ技を持っているサンタナはやはり強い。これで興奮するなと言う方がムリな話だ。きっと今まで何百回も、あるいは何千回も演奏されてきたはずなのに、それでもこの曲は渇望される。それでもこの曲は輝きを失わないのだ。


 『Gypsy Queen』からすかさず『Oye Como Va』へと繋がれ、ここでついに堤防決壊!場内総立ちだ。ここまでの展開は、全てこの時の瞬間のためにあったかのような、まさにバンドとオーディエンスがひとつになった瞬間だ。これだからライヴに行くのはやめられない、という全身を貫く感動の中で本編が終了する。





 1分も経たないうちにアンコール。御大がなにやらステージ前方の客に向かって手招きをしている。どうやら小さな子供かもしくは赤ん坊がいたようで、その子を抱き上げたかったらしい。が、それはならず、演奏の方に移る。スーパーヒットを記録した『Smooth』だ!ベン・ジョンソンのような黒人voと少しジョージ・マイケル入ってる(笑)白人voがワンフレーズずつ交互に歌い、いつのまにかグラサンを外した御大は軽く体でリズムを取りながら応戦する。バックにはPVの映像が。「愛がメラメラ」の大合唱にならなくてほっとする(笑)。昨年暮れのエルヴィス・コステロ来日の際、佐野元春がTV番組収録で共演したことがあったが、今回はそんな話はないのかな?


 そして新作のヒット曲から一転し、ラストに掲げられたのはファーストアルバム収録でヒットを記録した『Jingo』だった。サンタナの立ち位置は結局ここに帰結することの証明か。最初のワンコーラスが済んだ後、御大はギターを手放してしまう。一緒にコーラスに加わり、そしてファンキーなビートに合わせてメンバー紹介を始める。序盤に発していたプレッシャーはどこへやら。ここではメンバーに対する御大の愛情がにじみ出ている。活躍する場を与えられたメンバーは、ひとりひとりが思い思いの見せ場を作る。





 最後に全員のメンバー紹介が済んだ後、オーディエンスに感謝のお礼を述べたカルロス。客を楽しませてナンボというこの姿勢。それは同時に表現者としての自信の表れでもあろう。長いキャリア。50を越えた年齢。しかし築き上げたスタイルの拡大再生産に甘んじることもせず、そのパワー、その音楽に賭けるエモーションは少しも衰えを見せない。まだ来日公演は始まったばかり。初日からこのテンションだと、最終の武道館公演はいったいどうなってしまうことだろう。





(2000.4.23.)



















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