Cocco  2008.1.10:日本武道館

約2か月に渡って行われたCocco「きらきらツアー 2007-2008」の最終公演は、スペシャルアコースティックライヴと題されていた。Coccoとギターの長田進の2人だけによる、シンプルなライヴになるかもと予想していたのだが(確かライヴアースはこの編成だったはず)、ステージセットを見てみると、どうやらフルバンドでのアコースティックとなる様子だった。そりゃ、いくらなんでも武道館で2人でのライヴってのはないか。





開場時間が遅れたこともあってか、予定時間を20分ほど過ぎたところでやっと客電が落ちた。すると、ステージ上に複数設置されている電気スタンドが点灯し、またステージ上部から吊るされていた電灯も点灯して、幻想的な空間が出来上がった。そんな中を、メンバーが花束を抱えながら入場。最後に登場したCoccoが椅子に腰掛け、「燦々スタジオへようこそ♪」と話し、『燦』でライヴはスタートした。


曲は続いて早くもマストソング『強く儚い者たち』となったが、ボサノヴァのようなゆったりした曲調で、通常のバンドモードのアレンジとは大きく異なっている。アコースティックのアレンジにして演奏することで、それまではわかりえなかった曲自身が秘めている別の側面や魅力が明らかになる、というのはよくあることで、ただしそれができるアーティストというのは、それなりの表現力を備えていなければならないと思っている。そして、Coccoが今回全編アコースティックというスタイルで披露してくれていることは、彼女がその領域に踏み込んだことの証明にほかならない。


その彼女を支えるバンドメンバーだが、その配置は前日のライヴとは見事なまでに真逆になっていた。向かって右から左に、ギターの大村達身、ベース、ドラム、長田、ピアノという具合だ。ドラムセットもいちおうあるが、序盤はパーカッションを奏でていたし、ピアノの人は曲によりピアニカを使っていた。完全アコースティックというわけでもなく、ベースやギターは曲により通常のエレキも使用していた。





最初のMCで、Coccoは自分の衣装について触れた。沖縄の藍で染めていて、完成するまでに1年を要したのだとか。酒もたくさん含ませるそうで、「酒飲み」とも称していた。次の曲は、この流れを汲んだかのように『藍に深し』(未発表曲?)となった。その衣装だが、藍色に水玉の模様が入った、素敵なドレスだった。この日の彼女は、髪に真っ赤な花飾りをつけていて、それがとても似合い、またとても目立っていた。


選曲としては、やはり新譜『きらきら』を中心にセレクトされていて、それらがCDに収録されているのとは別アレンジで再現されていた。演奏中はステージ上は明るくなってメンバーの姿がクリアになっているが、演奏が終わると照明が落とされて電灯の光だけが点灯し、場内を神秘的な空間に変えた。フジロックの夜の林道やフィールド・オブ・ヘヴンでよく見られる光景が、東京のど真ん中の武道館において観られるというのが、とても不思議でありかつとても嬉しかった。


冒頭で予想していた長田とCoccoの2人だけのセットというのも、中盤で実現。ステージ向かって右後方にはソファーがあって、なぜにステージにソファーが?と思っていたのだが、これは曲によりメンバー編成が変わり、演奏に加わらないメンバーが待機するところ用だったのだ。大村やベーシスト、ドラマーなどがそこに陣取ることが多く、ピアノ/ピアニカ担当の人もそこに加わることが多かった。





曲調がゆったりめであることから、場内を包む雰囲気もどことなく優しく温かいものになり、時間も少し遅く流れていると錯覚してしまうような感じだった。メンバーもリラックスしながら演奏している様子で、特に笑顔を絶やさないCoccoの姿が印象的だった。必然的にMCも増え、Coccoはいろんなことを話してくれた。『きらきら』が沖縄の家を借り切ってレコーディングされたことは情報としては知らされていたが、その内幕が彼女自身の口から細かく語られたのだ。


メンバーやスタッフは沖縄北部の家に住み込み、合宿状態で制作に取り組んだとのこと。そこにノートが置いてあって、誰か思い立った人がそのときのことを書く、という形で日記が出来上がっていったそうだ。そのレコーディングが行われていたのがちょうど1年くらい前のことだそうで、ある日Coccoと長田が大ゲンカし、長田が逃亡。夜遅くに戻ってくるもCoccoに何の詫びも入れなかったためにCoccoがキレて、長田の部屋に生ゴミやら何やらを投げ込んだとか、むちゃくちゃやっている(笑)。結局翌日2人で話し合い、長田が全面降伏する形で話がまるく収まったとのことだ。


こういう話を聞いていて思うのは、メンバー間に太い信頼関係が出来上がっているんだなあということだ。メンバーはみなCoccoよりも年長者だが(大村はCoccoと同世代と思われるが、ツアーからの参加であり、レコーディングには参加していない)、Coccoが彼らに毒舌を浴びせても、やりたい放題やっても、それでもチームとして崩れないのは、お互いがお互いを認め合っているからだ。皆がそれぞれプロとしての意識を持ち、同じ目標に向かって突き進んでいるからだ。年下のCoccoにボロクソ言われても、メンバーたちが彼女のもとを離れないのは、彼女の代わりができる人など他にいないとわかり切っているからだと思う。





終盤になると、新たにバイオリンの人も加わって総勢7名での演奏となった。Coccoは自分の位置を離れ、ステージ最前にぺたっと座って歌った。そこでの曲が『Raining』で、まさかの初期の曲に仰天。しかし、彼女自身はこの場所結構居心地いいぜ♪とけろっとしていた。しかし、そんな彼女が場内の空気を一変させた瞬間が何度かあって、それは沖縄民謡を歌ったときだった。


彼女自身、自らの出身である沖縄と切っても切れないことを自覚しながら、沖縄と真っ向から向き合うことをずっと避けてきたところがあったはずだ。それが、2006年のツアー最終で初めて沖縄でライヴを行い、そして『きらきら』のレコーディングを沖縄で実施。彼女は、沖縄と向き合い、沖縄とは何であるかを自分のやり方で表現することを引き受ける覚悟ができたのだと思う。今回のツアーで、極力活動休止前の曲が絞られ、現在の曲が多くセレクトされているのには、そうした意味もあったはずだ。この沖縄民謡はダメ押しである。


この日のライヴは終始和気あいあいで進められていたのだが、実は彼女が壮大なる決意をし、愛すべきものを背負い、大きなものに立ち向かって行くために腹をくくったのではと思われるほど、力強さと逞しさのオーラを放っていた。ラストはツアー中に生まれた曲と言われる『バイバイパンプキンパイ』で、歌い終えた後に彼女は、生きること!生きていくこと!また会おう!という、強烈なメッセージを発したのだった。





開演前と終演後には、係員による場内アナウンスが入るのが通常だが、この武道館2公演については、女性の声ではあるが、ぶっきらぼうで、投げやりな口調でのアナウンスが入っていた。声のトーンは低く、何度も噛んでいて、だけど伝えるべきことを伝え終えると、開演前のときはエンジョイ!、終演後にはサンキュー!と言っていた。この声の主が誰だったかは、今春リリースされるDVDの中で明らかになるはずだ。




(2008.1.13.)















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