David Sylvian 2007.10.30:オーチャードホール

結論から先に書くと、非常に残念だが後味の悪いライヴになってしまった。この日の公演は、デヴィッド・シルヴィアンが約2か月に渡って行ってきたワールドツアーの最終公演であったというのに。





 まずは、開場後のグッズ販売。前日に行われた大阪公演の情報をネットで収集し、まるで写真集のような豪華装丁で、しかもレーベルのサンプラーCDまで同梱されたパンフレットが5,000円で販売されていることを知った。それを求める人が殺到して長蛇の列を成し、結局完売して欲しくても買えなかった人が出たそうだ。なので、買うなら開演前、それも開場前から入り口前に並び、開場直後に売り場に直行して求めるという手段を取るのが、パンフを最も確実に入手する方法と考えた。


 開場の20分くらい前から列に並び、開場後にすぐさまグッズ売り場を目指す。列に並ぶが、前の方を見てみると販売がされている様子はなく、準備中なのか他に何か事情でもあるのか、とにかく待たされるハメに。結局10分ほど経った後にようやく販売が始まったが、パンフレットは5,000円ではなく6,000円で販売されていた。そのときは、ネットに出ていた大阪公演の情報が正しいものではなかったのかなと思ったのだが、公演が終わった後に再度ネットしてみると、やはり大阪は5,000円で販売されていたらしい。もちろん内容は全く同じで、それが大阪と東京でどうして価格が異なってしまうのかがどうにも理解できず、釈然としない気持ちが残った(パンフ及びCDの内容は素晴らしかった)。





 さて肝心のライヴの方だが、予定より20分ほど経ったところで場内が暗転。ステージ向かって右の袖からメンバーが姿を見せ、それぞれ持ち場についた。ナイン・ホーセズ名義のアルバム『Snow Borne Sorrow』の冒頭の曲である『Wonderful World』で演奏がスタート。ステージのバックドロップには大きなスクリーンがあって、今回のツアーのシンボルマークと思しき楕円が重なったマークや(これがグッズのTシャツのデザインにも使われていた)、抽象的な映像が逐次流されていた。


 メンバー配置は、まずは中央前方にデヴィッド・シルヴィアン。ブラウン系のスーツをまとい、椅子に腰かけてギターを弾きながら歌っている。向かって右後方には、実弟のスティーヴ・ジャンセンが陣取ってドラムを叩く。もっと細身の人というイメージがあったのだが、かなりがっしりした体格だった。その隣にはベーシストのキース・ロウという人で、民族衣装なのかスカート姿だった。そして向かって左後方にいるのが、ピアノを弾く渡辺琢磨という日本人。いちおうバンドスタイルではあるが、やや変則的な構成。それも、シルヴィアンらしいと思えてしまう。





 全ての曲でシルヴィアンはリードヴォーカルを務め、これはとても嬉しかった。ソロになってからのこの人の活動は、大きくヴォーカルとノンヴォーカルのアンビエント路線とに分かれている。3年半前のツアーは、当時の新作『Blemish』の作風が、両者を折衷ししかも一段上の高みに達した作風だったこともあり、ライヴも非常に精度が高く、別世界に連れ去られたかのような快感を得ることができた。なので今回は、この人のより生々しいアーティストとしての表現が堪能できればと思っていたのだ。


 シルヴィアンは2本のギターを使い分けていたが、エレアコの使用率が高かった。サウンドとしては、必ずしも生音オンリーというわけでもなく、電子音が程良いスパイスになっている。それを担っているのは、まずはドラマーのスティーヴ。ドラムセットに収まりつつも自らの手の届く範囲内にiBookやプログラミング機材を配し、それらを調整することでサンプリングを被せている。担い手のもうひとりは、ピアノの渡邉だ。ピアノのボディーの上部にはキーボードを置いていて、そしてそれにもiBookが接続されており、生ピアノとキーボードとを要所要所で使い分けていた。またキースも、通常のベースギター以外にウッドベースとスティックベースを使いこなし、時には弓で弾いていた。


 披露した曲は、ナイン・ホーセズの作品からを中心としつつ、近年の作品から多くチョイスされた。坂本龍一との共作で、9.11以降の世界平和の祈りを込めた『World Citizen』もあり、前作『Blemish』の実質ラストナンバーである『A Fire In The Forest』から、メドレーでジャパン時代の『Ghosts』へとつなぐくだりは、中盤のハイライトになった。ただし『Ghosts』のアレンジは原曲とは大きく異なるシンプルでフォーキーな仕上がりで(これはこの日のライヴ全般に渡って言えることなのだけど)、聴いてわかったのはメロディーよりもむしろ歌詞でだった。『Ghosts』はソロのベスト盤にも収録していて、ジャパン再編を無にしたシルヴィアンにしては破格の扱いだ。余程のお気に入りなのだろうか。





 実はライヴ中、シルヴィアンは曲間に咳をすることが多かった。体調が必ずしも万全ではないのかなと思ったのだが、いったん曲が始まればそのヴォーカルは問題なく機能していたので、ノド自体をやられたわけではなさそうだと思った。ライヴは終始淡々と進められたのだが、終盤になったところで初めてシルヴィアンはMCをした。かろうじて「cold」という単語だけが聞き取れて、やはり風邪を患っているようだとわかった。この後シルヴィアンがスティーヴらメンバーに何かを話しかけていたのだが、今思えばこれがセットリストの短縮だったのだと思う。


 この後はシルヴィアン・フリップの『Jean The Birdmen』を披露し、ラストは『Snow Borne Sorrow』の実質ラストナンバーである『The Librarian』で締めた。メンバーたちは、出てきた方向とは反対側の、向かって左の袖の方に消えて行った。各地でも行われていたし、前日の大阪公演でもあったので、当然アンコールがあるものと思いオーディエンスは拍手を送った。がしかし、なんと少しすると客電がついてしまい、追い打ちをかけるように「本日の公演は終了しました~」という場内アナウンスが流れてしまった。もちろん場内はざわついたのだが、強い反発の姿勢を示す人はほとんどなく、私も諦めて席を立たざるを得なかった。





 風邪で体調が優れなかったがゆえに、曲をカットしアンコールもなくライヴを終了させた。徹底したこだわりを持ち完全主義であろうと思われる、シルヴィアンらしい決断と言えばそれまでだが、ではなぜ、そもそも自身の体調管理すらできなかったのか。プロとしてステージに立ち各地をツアーする以上、体調管理は必須であるはずだし、もしどうしてもそれができなかったのなら公演そのものを延期もしくは中止にすべきではなかったのか。仮に体調が悪くても、公演を敢行するのであれば最後までやり切るか、あるいは歌い演奏することをしなくても、最後に挨拶に出てきて通訳を介してより明確に自分の意思を伝えるくらいするべきではなかったのか。それがお金を出してチケットを買った、オーディエンスに対する最低限の礼儀だと思うのだ。




(2007.11.4.)














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