ボノがゆっくりとステージに戻り、そして始まったのは『Bad』だった。派手さも強烈なインパクトもないが、ジ・エッジの優しく心地いいリフと、ボノの穏やかなヴォーカルとが見事に溶け合っている隠れた名曲だ。そしてボノのヴォーカルは終盤になると徐々にエモーショナルになり、ラストになると『"40"』の一節を歌った。「how long sing this song〜♪」、つまり「いつまでこの歌を歌わなければならないのか」という、悲しみに満ちたメッセージを。そして、このリフレインが終わるか終わらないかというときになって、衝撃が走った。
ボノは『Bad』のときに手にしていたハチマキを巻いて歌い、そして終盤にはクラッシュの『Rock The Casbah』の一節を交えながらメッセージを発した。「I'm coexist」と。ハチマキには、星のような記号も混ざっていたが「COEXIST」と書かれていて、スクリーンにはその日本語訳である「共存」の文字が大きく浮かび上がっていた。この人たちはなんと生真面目で、そしてなんとカッコいいのだろうと、改めて思い知らされた。わかっていたことのはずなのに。
反戦メッセージは緩まることがなく、それどころか更に徹底される。今度は『Bullet The Blue Sky』で、スクリーンには滑走する戦闘機が映し出され、そして各地での爆撃や戦闘といったシーンが捉えられる。この曲の終盤には『When Johnny Comes Marching Home/ジョニーが凱旋するとき』というアメリカ民謡、及び『The Hands That Built America』(映画「ギャング・オブ・ニュー・ヨーク」に提供した曲)の一節が織り交ぜられ、ボノは歌いながら向かって右の花道の先端に行き、しばし這うような動きをした後に発炎筒に火をつける。炎が妖しい光を放ちながら燃え、それが鎮火したときに次の曲が始まった。
そして『Pride (In The Name Of Love)』だ。この曲は単なるキャッチーなヒット曲ではなく、公民権運動を指導しベトナム反戦を訴えていたマーティン・ルーサー・キング牧師のことを歌った、とてもシリアスな曲だ。延期される前の本来の日本公演は、4月4日に日産スタジアムで予定されていた。4月4日はキング牧師が暗殺された日で、その日に公演が行われることにはとてつもない意味が備わるはずだった。しかし公演が延期になったとはいえ、この曲をこうした流れで披露されると、曲そのものが持つ重みが一層伝わってくるものがある。
そして再び、ボノからのメッセージ。欧米の平和、アジアの平和、そして、アフリカの平和・・・。始まったのは、ジ・エッジのディレイの効いたリフが印象的な『Where The Streets Have No Name』だ。スクリーンは縦にいくつかに分割され、まずアフリカ大陸が浮かび、それを挟みこむようにアフリカ諸国の国旗が、下から上へと流れていく。これを見て、あの映像が頭に浮かんだ。9.11アメリカ同時多発テロ事件の翌年に行われた、アメリカンフットボールの最高峰、スーパーボウルのハーフタイムショウでのU2のステージだ。