Alva Noto + Ryuichi Sakamoto 2006.10.28:渋谷C.C.Lemonホール

 長らく閉鎖されていた渋谷公会堂が、名前も新たに渋谷C.C.Lemonホールとなって10月より新装オープン。外壁に掲げられた「C.C.Lemonホール」の看板がまぶしく、付近の自動販売機もC.C.レモンのカラーに染められていた。入場してみると、壁面はきれいに塗られ、階段の材質もステンレス製になり、トイレは清潔感に溢れ、全体的にモダンで洗練された内装に仕上がっていた。それでも1階ホールに入ってみると、椅子こそ新品に交換されてはいたが、どことなく以前の面影も残っていて、少しほっとする。





 予定時間から7分くらい経過したところでゆっくりと客電が落ち、坂本龍一とアルヴァ・ノトことカールステン・ニコライが登場。坂本は黒のスーツ、ニコライは黒のロングTシャツ姿で、それぞれ持ち場につき早速ライヴがスタートする。向かって左にグランドピアノ、右に卓があって、ハの字型に設置。ピアノには坂本が陣取り、客席に向かって背を向ける状態に。一方ニコライは坂本や客席と対面する形で卓の前に立ち、2台のiBookとプログラミング機材を操っていた。


 場内に漂うは、坂本が発する静かだが美しく滑らかな旋律が基調だ。まず坂本は、立ち上がって片手で鍵盤を叩きながら、もう一方の手でピアノの弦を操っていた(これは決してエキセントリックな手法ではなく、正規のピアノ奏法としてあるのだそうだ)。そしてその音色に、ニコライが発する電子音が絡み合うという具合。ニコライはVJも担っていて、ステージのバックには横に細長いスクリーンがあるのだが、モノクロの画面の中で光の玉が大きさを変えたり、左右に揺れ動いたりしていた。


 ニコライはドイツ在住の音楽家/美術家だそうだ。アルヴァ・ノトは、アーティストとして活動するときに名乗るネーミングらしい。この日会場で買ったパンフレットによると、年齢的に坂本より一回り以上若いニコライは、少年期に坂本の音楽に触れたのがファーストコンタクトだった。一方坂本はニコライを10年くらい前に知ったそうで、2002年に初めてのコラボレート作をリリース。昨年には『Insen』をリリースし、2人でのツアーを海外で敢行。そして今回、日本でもツアーが実現したという流れのようだ。





 曲と曲との切れ目は、いちおう明確になっていた。それがわかるのは、映像がフェードアウトし坂本が鍵盤から指を離したときで、演奏中は観客はただただ音の世界にどっぷりと浸り、曲間になったときに割れんばかりの拍手を送るという感じ。会話はもちろん咳払いをするのもはばかられるような、異様な緊張感が漂っていた(しかし開演中の場内は冷房が効きすぎていて、更に乾燥していてノドが結構キツかった)。


 MCは一切なく、淡々と曲が進められる。坂本のピアノだが、自身のソロではなくニコライとの融合ということもあってか、常に鍵盤を叩いているわけではなく、時に手を休め、そしてまた弾き出すなどしていて、適度にメリハリを効かせている。対するニコライだが、ただ美メロを発するだけでなく、結構アヴァンギャルドに攻めることもあった。まるで歯医者で歯を削るときのドリルの音のような、ギリギリ不快の手前で留まっているような軋んだ電子音が脳内に切り込んでくることもあった。


 そして映像だが、序盤はモノクロだったのが、いつのまにかカラーに変貌。不定形の光の玉が微妙に揺れ動いたり、光の線が上下左右に走ったりしていた。一貫しているのは、人や物といった特定の対象を表現するのではなく、抽象的な表現に終始していたことだ。ただこの映像、あらかじめ用意されていた完成品ではなく、坂本やニコライが発する音に反応して、そのときそのときで変化しているようにも見えた。テクノロジーの発達は、そういうことも実現できるのか。





 観続けながら、長時間のライヴにはならないだろうなとぼんやり思ったのだが、その通りに本編は約1時間で終了。2人はいったんはステージから引き上げるが、すぐさま戻ってきてアンコールへ。1曲を演奏するとまた引き上げるが、やはりまた戻ってきた。そしてここでの曲だが、演奏中に坂本が一瞬だが『Merry Christmas Mr.Lawrence』のフレーズを弾いた。次に今度はニコライの方から、かなり崩し気味のアレンジで断片的に同じ曲のリフが発せられた。思わぬボーナスをもらったような、嬉しい気持ちになった。


 ここで客電がつき、場内アナウンスも流れ、ライヴは終了した形になった。私もいったんは席を離れ、通路の方に歩いて行った。しかし拍手は一向に鳴り止まず、しばらくするとまた2人が戻ってきて、肩を組んで礼をしてまた袖の方に引き上げていった。それでもなお拍手は鳴り止まなくて、いったいどうなるのかなと思いながら通路際に立っていたら、なんと2人が再登場し、それぞれの持ち場についた。すかさず客電が落ち、私も慌てて席に戻った。最後の曲は映像こそなかったが、合計3度ものアンコールに応えてくれたことが嬉しかった。





 坂本龍一には、ピアノを基調としたソロアーティストとしての面があり、映画やテレビなどの音楽を手掛けるコンポーザーの面もあり、そしてバンドサウンドでの表現をすることもある。そして今回は、海外の電子音楽家とのコラボレートときた。コンポーザーとして名を馳せてしまった人は、その後は富と名声を追求しがちなように思えるのだが(それはそれで、さまざまなプレッシャーとの戦いや克服を強いられる厳しい立場だが)、この人はメジャーなフィールドにも立つ一方で、メジャーとはかけ離れた音楽を追求する、前衛的な姿勢も持ち合わせている。その触れ幅の広さに感服する一方、この人を刺激するような若きアーティストが、この国からももっと出てきてほしいと思う。





(2006.10.29.)




















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