Cocco 2006.8.10:日本武道館

開場時間は午後6時だが、武道館には3時過ぎに着いた。というのも、ツアーグッズのほかにガチャガチャ(1回につき100円5枚)で入手できるグッズがあって、これが会場限定だからだ(ツアーグッズは通販でも求められる)。ガチャガチャには既に長い列ができていて、しかも日差しがキツく汗が止まらない。結局1時間半ほど並んでようやく求めることができ、その後はツアーグッズ売り場の列に並ぶ。こちらは、30分ほど並んだ後に求めることができた。売り場テントの側面にはグッズのTシャツやパーカーを着こなしている写真が飾られていて、そのモデルは誰あろうCoccoその人だった。


 敷地内にはNHKのクルマがあって、客がグッズを買うところや入場する光景などを撮影していた。入場時に渡された冊子の中に、この公演が10月にNHK総合で、11月にNHK-BSで放送されることを告知したチラシがはさまっていた。アリーナ席の左右後方やステージ前には、テレビカメラが設置されていた。この翌週に行われる沖縄でのライヴはWOWOWで生中継されるし、テレビメディアに対して積極的なCoccoに、少しびっくりした。





 そして午後7時10分。客電が落ち、『モンタギュー家とキャピュレット家』のシンフォニーがSEとしてかかり、続いて早くも『音速パンチ』のイントロが流れる。暗いステージにバンドメンバーのシルエットが見え隠れし、彼らが持ち場についたであろう頃になると、走ってステージにやってくる女性のシルエットが。Coccoだ。彼女は腕に花束を抱えていて、それをステージ上にそっと置いた。


 ギターのリフが唸り、Coccoが歌い出したところで、ステージが少しだけ明るくなった。ライティングが完全にCocco中心で、彼女だけ明るく照らされていて、他のメンバーは暗いところでおのおのの楽器をこなしている。そのCocco、白いワンピース姿でもちろん裸足。右手にマイクを持って熱唱し、左手は楕円を描くように回している。そして上体をゆったりと揺らしていて、ぐるぐる回るこの曲のPVが一瞬頭をよぎった。続くはファーストアルバム『ブーゲンビリア』の冒頭の曲、『首。』だ。確か初期のツアーではオープニングを飾っていたはずで、曲名よろしくCoccoは大きく首を振りながら歌う。


 そして、これも『ブーゲンビリア』からの『眠れる森の王子様 —春・夏・秋・冬—』へ。正直ここまでは音が悪くて、せっかくのCoccoの美声がよく聴き取れなかったのだが、PAの微調整ができたのか持ち直した様子で、以降は違和感を感じることがなくなった。ライティングがとても鮮やかで、いくつものバックライトによってCoccoが照らされ、観ている方は視覚を失いそうになる。





 「ただいまございます」なる、Cocco独特の言い回しで軽く挨拶があった後、『Swinging Night』へ。PVやミュージックステーション出演時と同様に、スタッフが出てきてバックダンサーを務めるのかと思いきや、そうはならなかった(ステージ狭そうだったもんな)。ここからしばらくは、『Blue Bird』『Drive You Crazy』といったソフトな曲が続く。前者は『陽の照りながら雨の降る』初回盤に同梱された8センチシングル、後者は『羽根~Lay Down My Arms~』のカップリングで、レアな曲を演ってくれる嬉しさの反面、ファンとしての習熟度を試されているような気にもなる。


 そしてアコースティックコーナーへ。他の公演ではクジ引きのように箱から引いて、紙に書かれた曲を演奏したそうだが、この日は「今日の歌が歌いたいから」というCoccoの意思によりそれはなくなった。まず、バンドメンバーをステージ中央部に呼び寄せて体育座りさせ、Coccoはアコギを抱えて彼らに向き合うように椅子に腰掛ける。この状態は通常のアリーナやスタンド席の客に対して背を向ける格好なのだが、実はこの日の公演は北や北東北西の1階席、つまりステージの裏側にも客を入れていて、彼らにはCoccoがよく見える格好になった。


 まずCoccoは、サビのところだけを客に教えるように歌ってみせ、次いでアコギを弾きながら1曲歌った。続いてはバンドメンバーは通常の持ち場に戻るが、またも即興なのか、Coccoが音頭を取って歌いつつ、要所でメンバーに「ファー♪」なる合いの手をさせる曲があり、更にもう1曲即興っぽい曲があって、場内もバンドもそして恐らくはCocco自身も、あったまるひとときになった。





 後半戦の開始を告げるかの如く、歪んだギターのリフが響いた。それに引き続いて今度はロバート・フリップっぽいリフとなる。前者は西川弘剛によるもので、この人は実はグレイプバインのギタリスト。ツアーメンバーとして参加している。後者は長田進で、新譜『ザンサイアン』の半分をプロデュースした人だ。曲は『強く儚い者たち』で、シングルヒットもした「初期」Coccoを代表する曲と言ってよく、しかし曲そのものが持つ情感は、今でも充分に通用する。


 続いては『愛うらら』『野火』と、『ザンサイアン』からの曲が。今回のバンドメンバーは5人で、ステージ中央前列に立つCoccoを中心とし、右には長田、左には西川が陣取っている。Coccoの真後ろには金髪ドラマーの向山テツ、その右にはキーボードの柴田俊文が、そして左には、Coccoを長きに渡って支え続けたベースの根岸孝旨が陣取るという具合だ。西川以外は年配と思しき職人風のミュージシャンばかりで、彼らくらいの技量を持ち合わせた人じゃないと、Coccoの歌と渡り合えないのではと想像する。


 1曲1曲がどれも重く、曲が進むに連れて緊張感が増していく。絵本『南の島の恋の歌』を買った人だけが、応募して手にすることのできるシングル『ガーネット』。CDで聴くよりも、はるかに解放感と重厚感に溢れている。『ブーゲンビリア』からの『カウントダウン』は、彼女が持つ情念がストレートにブチ込まれていて、それをライヴの場で体感できるのはとても嬉しい。この曲は鍵盤のイントロで始まり、原曲だとバイオリンのフレーズに繋がっていくのだが、ここではバイオリンの代わりをギターの西川がこなした。彼は今回Coccoと一緒にツアーをして、何を思い何を感じただろうか。





 いよいよ終盤。『陽の照りながら雨の降る』に癒され、『流星群』で気持ちを引き締められ、そしてついにあの曲になった。活動停止宣言の後、置き土産のようにシングルカットされた、『焼け野が原』だ。更に、『ザンサイアン』のラストソングである『Happy Ending』へと続いた。ステージの上の方から黄金の紙吹雪が舞い降り、それがステージとそこで歌い演奏するCoccoやバンドを一層引き立たせた。


 『焼け野が原』は、「雲はまるで燃えるようなムラサキ嵐が来るよ」と歌われ、そして最後に「もう歩けないよ」と歌われる。一方『Happy Ending』は、「ムラサキの雲のその先を見ようと走り出して消えた」という歌い出しになっている。『焼け野が原』は、Coccoの活動を締めくくるような曲として私たちに届けられた、「終末の歌」だった。そして『Happy Ending』は、活動停止と休息期間を経て、彼女は再び歌と向き合うために帰ってきたことを高らかに宣言する、「生還の歌」なのだ。


 『Happy Ending』の終盤、舞い落ちる紙吹雪をCoccoは目で追いかけていた。その表情は歓喜に満ちていて、こんな彼女を見られるなんて、と、なんだかこっちまでしみじみしてしまった。そしていよいよオーラスだが、これが新曲だった。地味な歌い出しのように思えたが、終盤のいつ終わるとも知れない彼女の熱唱に、普遍性と圧倒的なパワーを感じずにいられなかった。『Happy Ending』のときに生まれた歓喜の瞬間が、更に増幅し拡大され、この場に居合わせた人全てに幸せを分け与えてくれたような瞬間だった。





 最後の最後で、Coccoがどういう行動を取るのかに私は注目していた。6年前の武道館では、彼女は当時の新曲である『羽根~Lay Down My Arms~』を歌い、自分のパートを歌い切るとそのまま走ってステージを後にし、残されたバンドが演奏を続けてライヴを締めくくった。しかし今回、Coccoは最後までステージに立っていた。演奏が完全に終了し、場内が拍手で包まれると、彼女は自然にメンバーに歩み寄り、全員とハグをした。そして、彼女の足元にずっと置かれていた花束を、ひとつずつ取ってメンバーに渡した。花束は実は開演前から少し置かれていて、彼女が最初に現れたときに少し足したのだが、これがちゃんと人数分の花束になっていたのだ。


 Coccoはメンバーと肩を組み、観客に向かって礼をした。そしてひとりずつステージ向かって左の袖の方から退出していくのだが、彼女は最後となり、少しずつ歩を進めながらも観客にできる限り手を振っていた。こういうのは他のアーティストでは当たり前のように行われていることだが、Coccoがこういうことをしたというのには、とてつもなく大きな意味があった。彼女はついに解放され、自由な存在になったのだと、私は思った。





 私が初めてCoccoのライヴを体験したのは、6年前の武道館公演だった。その公演はCoccoが活動停止前に最後に立ったステージでもあったのだが、6年前と今回との変貌ぶりには、正直かなり面食らった。アコギコーナーでバンドメンバーを座らせて彼らに曲を聴かせてみせるなんて、以前の彼女からすればありえないことだった。ラストにしても、6年前やあるいはミュージックステーションで『焼け野が原』を歌ったときのように、歌い終えると走ってステージを後にしてしまうのではないかと、私は思っていた。


 奇しくも、終盤のMCでCocco自身が6年前の武道館について触れていた。6年前のツアーで、Coccoは、自分がほんとうに歌が好きだということに気づいて「しまった」と言った。それはきっと、彼女にとって意外であり、驚きであり、そしてありえないことだった。だからこそ、改めて歌と向き合うために、彼女は1度リセットする道を選んだ。そうして帰って来てくれた彼女は、もう以前の彼女ではない。だから最後の最後に客ともメンバーとも喜びを共有できたのだと思うし、これからは6年も待たされることはないはずだ。





























ありがとう。















そして、おかえり。















(2006.8.12.)
















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