東京事変 2006.4.29:広島厚生年金会館

広島を舐めていた。開場の1時間前に現地入りすれば、先行販売でグッズを求めるのも余裕だと思っていたのに、着いてみれば長蛇の列ができていて、そしてなかなか進まない。結局時間切れになってしまい、入場の列に並び直して、開場と同時に再度グッズ売り場へ行き、やっとパンフレットとTシャツを買った。客の年齢層は低く、そして女性が圧倒的に多い。「~じゃけん」という広島弁がふつうに飛び交っているのを耳にし、はるばる遠征して来たんだなあと実感する。





 ステージには薄い幕が降りていて、十二単をまとった平安期の女性の絵がスライドで映し出されていた。やがて予定より7分ほど遅れて客電が落ち、早くも場内は総立ちに。すると、薄い幕の左側にスポットが当たり、ピアノを弾く伊澤一葉の姿が幕越しではあるが明らかになる。そして今度は、ステージ中央部にもスポットが。そこにいたのは、白無垢姿の椎名林檎だった!伊澤が弾いているのは『雪国』で、そのメロディに合わせるように番傘をかざして舞を舞う林檎女史。東京事変のライヴのオープニングは毎回毎回趣向が凝らされているが、今回もまた意表を突く出だしに驚かされ、そして嬉しくなる。


 そしてやっと幕が上がり、ステージ上にはフルメンバーがスタンバッているのが明らかになる。林檎女史は素早く白無垢を脱ぎ捨て、ワンピース姿に早替わりだ。この間の曲は、引き続き伊澤による『現実を嗤う』。そしてこの次が、またまた意表を突く曲だった。亀田のベースのリフが心地よく響くこの曲は、なんと『少女ロボット』!!ソロ時代に、林檎女史がプライベートでも仲がいいというともさかりえに書いた曲で、そのセルフカヴァーになる。彼女自身が披露するのは、恐らく今回のツアーが初めてになるはずだ。・・・がしかし、林檎女史の声はどことなくかすれている。風邪でもひいたのだろうか。


 メンバーの立ち位置は、武道館のときと異なっている。もちろん林檎女史が中央なのだが、ドラムの刃田が右端、鍵盤の伊澤が左端で、この2人は客席側から見ると半身の状態、つまり2人が向かい合うような格好になっている。そして2人の間、林檎女史の後方に陣取っているのが、ギターの浮雲とベースの亀田だ。ステージは、後方はもとより側面も壁で仕切られていて、これらに映像が映され、立体感が出されている。こうしたセットはありそうでなかったと思われ、とても新鮮だ。





 『そのをんな淑女ふしだらにつき』で林檎女史は袖の方にはけて行き、男性陣だけの演奏で『現実に於て』~『顔 faces』へ。後者ではヴォーカルがないインストバージョンで、その代わりに日本語詞が後方のスクリーンに映し出され、それは大人の男女の微妙な距離感を描いている。そして『入水願い』で林檎女史がステージに復帰。動きやすそうな、白を基調としたパンツ姿に衣装替えしていた。


 新曲も披露。『ミラーボール』という曲だそうで、まさにミラーボールがステージ後方でゆっくりと回転しながら妖しく光を放ち、その光はステージを照らし、メンバーを照らし、そして客席にまで及んた。毎回そうなのだが、東京事変はツアーのたびに新曲を披露してくれる。現在バンド側が持ちうる力量を最大限に発揮しつつ、「その次」のあり方を垣間見させてくれる。ライヴを観に来た人だけが一足早く体験できる、ボーナスのような嬉しさがあり、それができる創作意欲の旺盛さを頼もしく思う。


 『手紙』では林檎女史のヴォーカリストとしての力量が発揮され、そして『サービス』では全員が拡声器を持ってステージ前方に登場し、横一列になって5人で歌い継ぐ。やがて幕が降り、林檎女史と2人のスタッフが幕の前へ。スタッフは「御用」と書かれた提灯を掲げていて、3人で軽く踊る。幕には「御用」の提灯が飛び交う映像が映される。この間幕の向こうでは男性陣が衣装替えをしていて、やがて幕が開くと、4人は黒を基調とした衣装になっていた。





 MCコーナーでは、林檎女史は「つばめ」というラーメン屋さんに寄ったと言い、広島のファンを唸らせていた(翌日行こうとしたのだが、定休日だった/涙)。亀田や伊澤も少ししゃべったのだが、ここで際立っていたのは刃田だった。刃田は島根の出身で、ほんとうならこの公演におじいさんを招くはずだったそうだ。それが、体調的に難しくて結局来ることができず、小さい頃のおじいさんとの思い出や、おじいさんに対する想いなどを切々と語った。ちょっと泣ける場面だった。


 そしてカヴァー曲となり、バービーボーイズの『C'm'on Let's Go!』を。近藤敦のパートは浮雲が担っていたのだが、ちょっとやりにくそうに見えた。一方杏子のパートはもちろん林檎女史がこなし、こちらはかなりハマっていた。やがて林檎女史は袖の方にはけて行き、次の『ブラックアウト』でまたまた衣装替えして生還。懐かしい『本能』、林檎女史の熱唱が際立つ『スーパースター』、昨年のツアーのテーマ曲的な曲だった『Dynamite!』を、次々に披露する。


 そして、ダメ押しのようにシングルカットされた『修羅場』を放ち、『御祭騒ぎ』を経て、本編ラストは『喧嘩上等』。まずは林檎女史がタンカを切るような口上を述べて始まり、そして刃田がドラムセットから離れ、ステージ前方に躍り出て豪快に舞を舞う。この曲のPVでも刃田は見事な舞を披露しているので、こういう心得があるのかな。曲調はジャジーでありながら、たたずまいは和風。不思議な世界観を体感しつつ、やがてメンバーはステージを後にし、場内は暗転した。


 アンコールでは、全員がツアーグッズのTシャツ姿に着替えていて、林檎女史は通称「手錠」の白Tシャツで、袖を破っていた。演奏されたのは、『透明人間』『落日』の2曲。つまりは『群青日和』も『遭難』といった、「第一期」時代のシングルが披露されることもなくライヴは終わってしまったのだが、だからといって物足りなさを感じることはなく、むしろ東京事変の現在の姿が確かめられた気がした。





 『大人』がリリースされた頃、プロモーションで林檎女史がラジオ番組に出演していたのを聴いたことがあった。その中で彼女は、東京の公演はメディアが来ていることが多く、割と手堅くこなすことが多い。むしろ地方公演の方が楽にやれて、その結果としていい出来になることがある、といったようなことを言っていた。実際この日のライヴでは、林檎女史を始め他のメンバーもかなりリラックスしてやれていたように見え、MCにも地方色が出ていて、こうした味わいは東京のライヴにはなく、地方ならではだよなと感じた。はるばる広島まで遠征してきた、その甲斐はあったのだ。




(2006.5.9.)




















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