今回は、実に29年ぶりにリリースされた新譜『Black Coffee』に伴うツアーであり、当然のこと、選曲はそこからが多い。冒頭を飾る『My Hands Are Tied』や、渋くて深みを感じさせる『How My Ever Gonna Get Over U』、そして2年前の公演のときにも既に演奏されていた、サビが明快な曲『Going Going Gone』などだ。ほとんどの場合、アルはキーボードを弾きながら歌うので、マイクは手に持たず、耳につけているヘッドフォンに装着されたマイクを通して、その歌声は伝わってくる。高音になると若干声がかすれていたが、これは小さいことだ。
ソロデビュー曲である『I Can't Quit Her』では場内からのどよめきもあり、アルが自ら『Championship Wrestling』からの曲と紹介して始まったヤードバーズのカヴァー『I Wish You Would』は、原曲とは似ても似つかないフュージョン寄りのアレンジになっている。ブルース・プロジェクト時代の『Flute Thing』では、サックスの人がフルートを吹き、これが軸になって演奏が進む。後半でメンバーのソロコーナーとなり、ギターの人は泣きのフレーズを効かせまくり、ドラムもパワフルなプレイを披露する。バンドメンバーはおおむね高齢だが、そのプレイには老いは感じられず、ライヴを立派に成り立たせている。
曲が切れぬまま、いつのまにかアルのキーボードソロになっていた。なめらかに鍵盤の上に指を滑らせながら音色を発する中、プロコル・ハルムの『In The Whiter Shade Of Pale/青い影』や、ボブ・ディランの『Like A Rolling Stone』のメロディなどを、ちらちらと発する。このたたずまいに、元祖ロック界のキーボード奏者としての生きざまを感じることができる。『Rare And Well Done』という、ベスト+未発表曲集のアルバムがあって、ブックレットにはアーティストやプロデューサーたちのアルを絶賛することばが収められている。その面々は、特にキーボードやピアノ奏者が多い。ブライアン・ウィルソン、ドアーズのレイ・マンザレク、スティーヴ・ウィンウッド、ジョージ・ウィンストンなどだ。
本編ラストは『Comin' Back In A Cadillac』という曲で、まずは通常通りの歌と演奏なのだが、途中からジャムセッションのようなスタイルになり、アルはそのうちキーボードから手を離して、演奏している他のメンバーのもとにゆっくりと歩み寄った。サックスとトランペットの人が並んで演奏しているその間に立って軽く踊ったり、ギターの人のところに行って弦を弾いてみたり、と。現在61歳だが、結構お茶目だな。
『Jolie』が支持されているのは、実は日本だけらしい。前述の『Rare And Well Done』でも、この曲は日本盤には収録されているが、US盤では外されているのだ。クインシー・ジョーンズの娘のことを歌ったこの曲は、それこそローリング・ストーンズの『Angie』やデレク&ドミノスの『Layla』と並んで、世界的にもっとミーハーに支持されてもいいはずの曲だと思う。そして、この曲を弾いているときのアルは、とてもリラックスしかつ躍動しているように見えた。
客は終始座ったままで、最後の最後に立って拍手する人がまばらにいたくらい。ライヴというよりは演奏会で、2年前とは真逆の雰囲気になった。しかし、私はこういうたたずまいのコンサートもアリだと思っているので、素直に楽しむことができた。これまでの実績だけで十分ライヴができる人なのに、今年新譜を出してツアーまでやってしまうのだから、61歳になってなおバイタリティーに溢れ、前向きな姿勢を見せているのには恐れ入る。個人的には、ボブ・ディランのツアーに帯同してもらって、ぜひ『Like A Rolling Stone』をこの人のキーボードで聴いてみたいものだ。デヴィッド・ボウイのライヴで、マイク・ガースンがピアノを弾いていたように。