Brian Wilson 2005.1.30:中野サンプラザ

開場から開演までが30分しかなかったこともあるのか、開演の時間になっても入場の列ができていたり、グッズ売り場の前が人でごった返していたりと、ロビー付近はかなり雑然としていた。対照的に、フロア内は静かで落ち着いた雰囲気に包まれている。客層は、年配の方と若い人と大きく2つに分かれているように見えた。にしても、これから素晴らしいライヴが始まるという緊迫感がまるでないままに、15分近くが過ぎ去っていった。





 しかし、客電が落ちると雰囲気は一変。客席がざわめく中、暗いステージを人影がちらつく。やがてステージが明るくなり、右前方にバンドメンバーが集まって扇形に並び、そして恐らくはブライアンがその中心にいると思われる(私は向かって左側の席だったので、囲んでいるメンバーの背中しか見えなかった)。こうして、まずはアコースティックセットでライヴがスタート。『Surfer Girl』『Wendy』に始まり、まったりとしたムードが場内に漂う。2本か3本のアコギ、パーカッション、そして他のメンバーはコーラスという、シンプルな編成だ。リードヴォーカルをブライアンが取り、他のメンバーがそのブライアンを支えるようにして続く。特にコーラスが抜群だ。


 この後は通常のバンドセットになり、おのおのがそれぞれの持ち場につく。ブライアンは、前方向かって右のキーボードの前に陣取った。かなりお腹が出ている(自分でもさすっていた/笑)。その右には参謀格であるギターのジェフリー・フォスケット。左のキーボードにはダリアン・マハナジャと白人の男の人。この4人がフロントラインだ。その後方の中列には、デューク更家似(笑)のベース、ギター、ホルンやフルートをこなす人、女性ヴォーカルの4人。後方右はドラムとパーカッション、そして第3のギタリスト。ブライアンを含め総勢11名だが、これはフルメンバーではなく、言わば「基本セット」だ。


 『Sloop John B』や『California Girls』、『God Only Knows』、『I Get Around』といった往年の名曲、及び昨年のソロ新譜からの『Soul Searchin'』など、新旧織り交ぜて演奏が続く。ブライアンはキーボードの前に座ってはいるのだが、両手でリズムをとりながら歌うのみだ。また曲によっては、上記の基本セットのほか、サックスやトロンボーンの3人組や、ストリングスの5人組が加わることもあった。バンドはかなりの大所帯だ。基本的にビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソンの曲はほとんどが3分弱の短い曲で、それが次から次へと立て続けに披露されることにより、聴いている側としては満腹感に襲われる。第1部のラスト『Marcella』になってやっと、ブライアンは自らキーボードを弾いたのだった。





 約15分の休憩を挟み、いよいよ『Smile』完全再現の第2部。今度は最初からフルメンバーで、そしてダリアンの合図により、『Our Prayer/Gee』で幕を開け、『Heroes And Villains/英雄と悪漢』へと続く。各メンバーがおのおのの楽器を緻密に演奏し、それが一体感となって重厚なサウンドを作り上げる。場内の空気も引き締まり、緊張感が漂う。観る側としても、気軽に咳払いすることすら許されない緊迫感に襲われ、そしてステージ上の素晴らしい演奏に吸い込まれるように見入ってしまう。


 スタジオで制作されるアルバムというのは、何度もレコーディングを繰り返して最高の部分を記録して構築される。対してライヴは、生身の人間による生楽器の演奏であり、時に必ずしも最高とはいえないことがある(その危うさもまたライヴの醍醐味なのだが)。ではここではどうか。アルバム『Smile』での濃密な世界観が、見事なまでに構築されているではないか。よくぞここまでやるメンバーを集めたものだ。いや、ここまでのメンバ−とめぐり逢えたからこそ、ブライアンは『Smile』の制作に踏み切ったのではないか。





 『Vege-tables』ではストリングスのメンバーが大根や人参などの野菜を掲げ、『Mrs. O'Leary's Cow』では消防士のヘルメットをかぶり、ステージ内に配置されたパトランプが点灯する。また赤い光を包んだ布が風になびいて、これが炎に見立てられていた。バックには太陽を思わせる黄色い円に『Smile』のロゴがかぶり、などなど、視覚的な演出も利かせている。演奏はほとんど休むことなく続けられ、曲が進むに従って緊張感は更に増してくる。なんという、美しい瞬間か。なんという、素晴らしい瞬間か。


 そして、クライマックスは不意にやってきた。曲はお馴染み『Good Vibrations』なのだが、大ヒット曲という従来のイメージとは異なった印象だ。ひとつの独立した曲というより、『Smile』の中に位置する曲として、ここまでめくるめく展開されてきたドラマ性やトータル性が集約されて注ぎ込まれたような総決算的な意味合いを帯びている。そして曲が中盤から後半のタイトルを連呼するコーラス部に差し掛かったところで、場内が弾けた。管楽器の3人が立ち上がって手拍子を取り、それに触発されたかのようにオーディエンスも少しずつ席を立つ。やがて総立ち状態になり、これまでとことん濃くなっていった密度が、一気に解き放たれたかのような感覚だ。こうして、劇的かつ感動の第2部が終了。ジェフリーが掲げたギターには『Smile』のロゴがあり、またバックには、若きブライアンの肖像画が浮かび上がっていた。





 アンコールだが、まずはジェフリーが登場して自分の位置につき、メンバーを紹介。名前を呼ばれた人は走ってステージに登場し、こうして徐々にメンバーが揃っていく。最後に登場したのは、もちろん御大ブライアン。客席からの温かい拍手を浴び、メンバーからリスペクトされるその姿は、晩年のジャイアント馬場のたたずまいにダブる。ただ、プロレスラーは年と共に体力が衰えてピークを過ぎるが、アーティストの場合年はとって体力は衰えても、表現力は若い頃より充実してきている場合があるのだ。


 演奏は、ヒット曲というより最早スタンダードと化した曲の連射だ。『Help Me,Rhonda』『Barbara Ann』『Surfin' USA』と畳み掛け、締めは『Fun, Fun, Fun』。ブライアンは歌い終えるといち早くステージを後にし、他のメンバーが演奏を続けた。やがてそれも終わって皆引き上げ、これで終わりなのかなと思いきや、御大再び登場。もうロックンロールナンバーじゃないよ~というようなことを言って静かに始まったのは、ソロ曲の『Love And Mercy』だった。先ほどまでの大騒ぎがまるで嘘のように場内は静まり返り、ブライアンの声に聴き入った。最後はメンバー全員が一列に並んで肩を組んで礼。かくして、感動のライヴは幕を閉じた。





 ソロにせよ、ビーチ・ボーイズにせよ、この日演奏されなかった名曲はほかにいくつもあった。しかし、そうした不満を打ち消して余りある、大興奮のライヴだった。アコースティックで幕を開け、エレクトリックに移行した第1部は、見事な展開かつ既にかなりの密度を誇っていた。そして『Smile』完全再現の第2部は想像を遥かに上回る充実ぶりで、すっかり魅了されてしまった。永遠に未完の傑作で終わるかもしれなかった『Smile』が、37年のブランクを経てリリースされたのは、やはりダテではなかったのだ。




(2005.2.3.)

















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