東京事変 2005.1.15:横須賀芸術劇場

椎名林檎は2003年を以ってソロ活動を封印し、東京事変というバンドとして活動を再開。2004年夏には各地のフェスティバルに出演し、秋には2枚のシングルとアルバム『教育』をリリースしている。そして2005年になり、初の単独ツアーを開催。この日の公演は、そのツアーに先立つゲネプロ(ゲネラル・プローベ=初日の前に行う総稽古)として行われる。そしてファンクラブ会員の中から抽選で選ばれた人だけが、この公演に参加することを許された。言わば、会員限定の先行ライヴでもあるのだ。


 入場時には、IDチェックを受けた。会員本人でなければ入場できないこのライヴは、チケットと会員証、顔写真付身分証明書の3点を提示することになっていて、係員が名簿で会員番号と名前を確認。まあ、これらさえきちんと用意していさえすれば、特に問題なく入場できるのだが、通常のコンサートに比べて明らかに手間と時間がかかっている。なので開演時間になっても、場内にはまだ空席が目立っていた。やがて徐々に空席も埋まり、20分近く経ったところで、やっと客電が落ちた。





 交響曲がイントロとして流れ、やがて幕がせり上がる。バンドは既におのおののポジションにスタンバッていて、林檎嬢のタンバリンが合図となって演奏が始まった。『林檎の唄』だ。新譜『教育』のオープニングナンバーであり、またソロ時代との接点でもあるこの曲こそが、やはり幕開けには相応しい。


 林檎嬢はグリーンのコート姿で、半身になってタンバリンを叩きながら歌う。その右にはベースの亀田、左には長髪のギターのヒラマ(中世貴族のような大きな帽子を被っていた)、後方左にピアノのH是都Mことヒイズミ、そして右後方にドラムのハタという配置だ。男性陣4名は、いずれも黒を基調とした衣装。ステージ後方は白いカーテンで覆われ、また上の方にはシャンデリアが吊るされているだけで、特に凝った装飾はない。


 3曲目で、早くもシングル『遭難』を。林檎嬢はコートを脱いでグリーンのドレス姿になり、ヒラマも帽子を脱いでいて、ギアのシフトが一段上に入ったような感覚に。続くジャジーでアップテンポな『ダイナマイト』では、ステージの上の方から「Dynamite!」というロゴが降りてきた。今回のツアーのサブタイトルが「ダイナマイト」だから、かな。そしてこの後がびっくり。なんと『ここでキスして。』で、場内からもおおーーっとどよめきが起こった。


 東京事変としての持ち歌は決して豊富ではないので、その範囲からだけだとすると、ライヴは1時間程度で終わってしまう。ツアーの会場がホールクラスで、それで全国を回るとしたときに、選曲や構成をどう膨らませるのかなと興味深々だったのだが、まずはソロ時代の曲で来た。それもかなり意表を突いたところだったし、いい意味で裏切られて気持ちがいい。そして事変バージョンでの『ここでキスして。』は、かなりタイトになっている印象を受けた。





 最初のMCは林檎嬢ではなく、ギターのヒラマだ。思いっきりカンペを出して読み、そして『群青日和』のカップリングとして収録されている『顔』と、ヒラマ自身のソロ作品を演奏。どちらも、ヒラマと林檎嬢とのデュエットになっている。これが第二のサプライズ。必ずしも林檎嬢だけがフロントを務めるのではなく、バンドメンバーにもスポットを当てるということだろうか。林檎嬢は、ソロのときは何もかも自分で背負わなくてはならず、バンドになってそれが分散できるようになりやりやすくなった、といったような発言をしている。信頼できるメンバーとの出会いが、彼女をそうさせているのだろう。


 美空ひばりのカヴァーを経て、またもソロ時代の曲。今度は『月に負け犬』で、これは下剋上エクスタシ−ツアーでオープニングだった曲だ。林檎嬢はかなり感情を込めて歌っているように見え、個人的にはココがハイライトだったかも。ただ、下剋上のときは終末に向かって突き進むような悲壮感が漂っていたのに対し、今回は単純に曲そのものが高いレベルで構築されているように思う。


 この辺りで2度目のMCとなり、今度はドラムのハタがカンペを読みながら話す。ここ横須賀は、ペリーが来航して日本が開国した~とか始まって、要はここでライヴができて嬉しいってことのようだった(ハタはMCキツいと後で漏らしたそう)。続いては懐かしい『同じ夜』になり、ステージは林檎嬢とピアノのヒイズミの2人だけに。この曲もライヴの場では何パターンかのアレンジがあって、素朴な曲調でありながらいくつもの色を出せる佳曲だ。そのまま『現実に於いて』『現実を嗤う』と、今度は『教育』の中盤がそのまんまの配置で演奏される。


 『恋の売り込み』という、スタンダードに近い英語ナンバーのカヴァーに続き、今度は亀田がMC。ヒイズミは『群青日和』をこっそり売り込み、ヒラマは『顔』をこっそり売り込み、そんな動きを亀田はぜんぜん知らなかったのだとか。それで自分もと思い立ち、2曲を書いて林檎嬢に売り込んだとのこと。その2曲が続いて演奏された。『スーパースター』は、『ギブス』を明るめにした感じ。『透明人間』は、ストーリー性のある曲だ。共によくできていて、もしかするとどちらかは次のシングルになるかもしれない。





 『駅前』は原曲よりもエモーショナルに歌われ、『クロール』は原曲以上にラウドに演奏された。シンプルなステージではあるが、ときたま後方のカーテンが開いて『教育』のジャケットにもなっている折り鶴のシンボルマークが出てきたり、でっかいミラーボールが出てきたりした。亀田がカウントを取って始まった『丸の内サディスティック』では、林檎嬢はイントロでピアニカを吹き、そして歌い始めるとステージ上を右に左にと歩き回る。こうしてみると、ここまでかなりの曲数を演奏していて、観ている側としても満腹感がある。


 そしていよいよ終盤。『その淑女ふしだらにつき』では歌い出しをとちってやり直していたが、これはご愛嬌(亀田はゲネプロだから大目に見てね、なんて言っていたけど)。『サービス』では、彼女のライヴでは今やお馴染みと言っていいスピーカーを使って歌っていた(このときちょっと喉がきつそうに見えた)。そして本編ラストは、バンドのデビューシングルでもある『群青日和』。この曲をここまで取っておけるというところに、東京事変の力量の素晴らしさ、そして恐ろしさを見た気がした。





 アンコールでは全員ラフな格好に着替えていて、林檎嬢はグッズでもあるピンクのTシャツに、迷彩柄のズボン姿に。まずはヒイズミが少ししゃべり、1曲『心』の演奏を挟んで、意外にもここまであまりしゃべらなかった林檎嬢も続く。今日集まった人は全員会員なんですよねー、と感激していた様子だ。やがてゲネプロのことばの意味から英語の発音の話題になり、これで他のメンバーに振って行ったのだが、亀田のところに来たときに、亀田はぽろっと林檎嬢の本名を言ってしまった。当人は、本名の話題はナシにしてねとお願いする。場内が一気に和んだ瞬間だったが、毎回彼女のライヴでは客の方からふざけたりからかったりする変なヤジが飛ぶのだが、この日はそれがほとんどなく、ライヴの流れが変に歪められることもなかった。そして、オーラスは『夢のあと』。締めくくりに相応しい、重量感のあるナンバーだ。





 私は今回本ツアーのチケットが入手できず、すっかり敗北感に打ちひしがれていた。このゲネプロのチケットはなんとか入手できたのだが、喜びはあまりなくて、むしろほっとした気持ちだった。そして不安がよぎった。ゲネプロというのがどういう形態で行われるのかわからず、本ツアーよりも内容が縮小された、予告編のような形に留まってしまうのではないかと、想像していたからだ。しかし、終わってみればライヴは約2時間に渡り、本ツアーと全く同じと思われる構成だった。バンドの精度もフジロックのときより更に向上したように思われ、この素晴らしいライヴを一般の人よりも早く、しかも本公演より安い価格で観れたということで(5,775円に対し、今回は4,000円)、お得感と満足感たっぷりである。




(2005.1.17.)





















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