Patti Smith 2003.7.16:赤坂Blitz

フジロックに2年連続で参戦し、計3度のライヴに加え、ポエトリーリーディングまで披露してくれたパティ・スミス。すっかり日本が御馴染みになった印象が強いが、単独公演となると、97年1月の初来日以来実に6年半ぶりとなる。そのときのことを思い起こすと、彼女自身友人や肉親の死といった悲しみを乗り越えての音楽活動再開という時期にあったし、彼女のいちファンとしては、とにかく日本に来てくれたことが嬉しかった。今回はもっとリラックスして、彼女のことばや彼女の歌に触れることになると思う。





 まずはオープニングアクト。東京公演のみだが、浅井健一率いるJude(ユダ)だ。私が会場に着いたのは7時15分頃で、ライヴはもう始まっていた。ステージ上にはパティの機材がほとんど設置されていて、彼らはその前のこじんまりしたスペースに陣取って演奏。音はおろか、バンド名以外に予備知識のない私だが、それなりに楽しませてもらった。


 メンバーは浅井のほかベース、ドラムというスリーピース編成。音こそシンプルなギターロックだが、前半は時間が長い曲が多く、観る方としても暴れるというよりはじっと見入るという具合。なんだかプログレのような(笑)たたずまいだ。途中2曲ほど、サポートとしてキーボードの女性が加わり、終盤になってアップテンポでハードな曲となる。そうして、40分程度でライヴは終了。ピンでもBlitzを満員にできそうな彼らが、なぜ今回このような形で出ることになったかはよくわからない。純粋な自分たちのファンでなく、パティを観に来たファンを前にして、やりづらくはなかったのかなという思いも頭をよぎった。





 セットチェンジは手際よく進み、8時過ぎに再び場内が暗転。ステージ向かって右の袖の方から、メンバーが登場。最後に姿を見せたのがパティで、ここで一段と歓声のヴォリュームが上がる。場内の興奮状態に追い討ちをかけるように、『So You Want To Be (A Rock 'N' Roll Star)』のイントロが!しかもかなりハードなアレンジで(特にドラムビートが印象的だった)、彼女とバンドの、ライヴに賭ける気合いの入りようがうかがえる。


 続くは、ミディアム調の『Waiting Underground』。ステージ後方には大きなスクリーンがあって、曲によってさまざまな映像を流している。このときはネイティヴアメリカンの映像を流し、『Redondo Beach』のときはまさにビーチの女性のモノクロ映像が。また時には、ステージのパティにオーラを思わせる光をダブらせた映像などが流された。この人もこんなことするんだなあ、と少し意外に思った。


 ステージは、正面フロントがもちろんパティ。今や御馴染み、白いシャツに黒いジャケットをまとったスタイルだ。真後ろにはドラムのJ・D・ドーハティ、その左にベース及びキーボードのトニー・シャナハン。トニーは椅子に腰掛けながらの演奏だ。パティの向かって右には、盟友レニー・ケイ。パティも細いが、この人も細身だ。今回は口元にヒゲをたくわえていて、思わず「保安官」というあだ名をつけたくなるような(笑)渋いたたずまいになっている。そして反対側には、もうひとりのギタリストであるオリバー・レイが。彼女とは恋仲にあるオリバーだが、去年のフジロックのときにはなぜか不在だった。何かあったんじゃないかと私は勘繰っていたのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。





 79年に、後に夫となる男性フレッド・スミスのことを歌ったラヴソング、『Frederick』。その後彼女はフレッドと結婚し、子供をもうけ、幸福な日々を送っていたのだが、フレッドが亡くなってしまった今となっては、どうしても悲しく切ない曲に聴こえてしまう。だけど彼女自身は、この曲をただ悲しい曲として歌ってはいない。特定の誰かへの愛というより、もっと広く、もっと大きくその枠を広げて、愛を込めて歌っているように思える。自分が今こうして生きて、音楽活動をできていることの喜びの気持ち。自分をこれまで支えてくれ、また応援してくれた人への気持ち。それに応えるようにして歌っているように見える。


 ウィリアム・バロウズ・・・ケネディ・・・といった具合で、この年に関わりのある人や出来事を挙げてから始まった、『1959』。序盤には『Dead City』もあり、97年作『Peace & Noise』からの曲が、今回のライヴでかなり映えていることを痛感する。彼女の作品におよそ駄作はなく、どの作品も聴き応えがある。のだが、といって真っ先に思い浮かぶのは、どうしても70'sの曲や作品の方だった。こういう再発見ができるのも彼女の手腕のひとつだし、それはボブ・ディランの資質を継承していると思う。


 そして70'sの曲は、言わずもがなだ。レニーやトニーのバックコーラスも映える『Free Money』や『Break It Up』。そしてベストアルバム『Land』のトップも飾っている、『Dancing Barefoot』。原曲はとてもシンプルな出来なのだが、ライヴの場では彼女は拳を振り上げて力強く歌う。間奏になると急遽スタッフが持ってきた椅子に座り、重そうな靴を脱ぐ仕草をし、やがて靴下も脱いで文字通り裸足になった。更には代表曲『Because The Night』となり、もちろんサビは場内大合唱だ。





 必殺技を切り出したのだから、一気に終盤の畳み掛けに入るのかと思いきや、「Are you ready ~」と、ゴーゴーダンスをして妙にノリノリのパティ。脇のレニーもやけに楽しそうで、そして演奏されたのは『Mickey's Monkey』という、スモーキー・ロビンソンのカヴァーだった。これまた意外と言うか、何と言うか・・・。ただ私は、ここでやっと気がついた。


 序盤は、どうしても過去2年のフジロックのライヴのイメージが頭にちらついていた。あの特別な舞台での、彼女の素晴らしいパフォーマンス。それを体験してしまった今、日常生活の延長のようにして臨んだライヴで、それに並ぶ感動は味わえないのではないか。そんな思いが消えなかった。だけどフジロックでのライヴというのは、実は演奏時間がきっちりと決められていて、アーティストとしてはその中で最大限できることをしなければならない。つまりは、フジの彼女のライヴは言わば「ダイジェスト版」であり、彼女の真の魅力を知るためには、今回のような単独公演こそが相応しいのだ。





 終盤は、これまた今やライヴでは欠かせず、かつ今や『Because The Night』にも匹敵する輝きを放つ曲『People Have The Power』。この2曲には、どうしても場内のテンションが上がらずにはいられなくなるような、共通点がある。それはわかりやすいサビのフレーズと、そこに至るときの「溜め」だ。変な例えだが、競馬のレースで第4コーナーに差し掛かり、さあラストスパートだと騎手が馬にムチを入れ、そして最後の直線を突っ走る。そんな感覚に似ている。こういう曲を持っているアーティストって、ファンにとってはとてもありがたいことだと思う。


 本編ラストは、フジのときはオープニングに歌われることが多かった『Gloria』。1曲の中に封じ込められた、静から徐々に動へと向かって行くドラマ性に興奮させられる曲だが、ここでは最初から高いテンションで歌われ、演奏される。間奏になると彼女はステージを降り、歩きながら最前列のオーディエンスとタッチを交わした。くそー、いいなあ(笑)。





 アンコールは、あまり間を置かずに始まった。まずはレニーがベースに持ち替えての『We Three』で、穏やかな曲調は、逆に更なるクライマックスへの誘いを予感させる。それはまさしくその通りとなり、『Babelogue』~『Rock N Roll Nigger』の必勝リレーに。尋常ではない雰囲気が漂い、バンドの演奏も最高潮に。


 そして彼女だが、ドラムセットの前にずっと置いてあった旗を頭からかぶり、ギターを手にしてかきむしる。やがてその旗から顔を出すと、ギターの弦を1本ずつ引きちぎる。この仕草自体は既に御馴染みだが、フジのときは確か白い手袋をつけて切っていたはずだ。それが今回は素手でやっていて、手や指をケガしないかなと、観ている方が逆に心配になってしまうくらい。最後に彼女はバンドメンバーをひと通り紹介すると、興奮状態のままステージを後に。残ったメンバーが演奏を続け、やがて全てが終わった。





 この日私は、2階席に陣取っていた。赤坂BlitzやZepp Tokyoでのライヴで、私が2階席を選択することは決して少なくない。視野は1階フロアでのそれよりも広がるし、ステージはもとより、客のリアクションもよくわかる。特に今回はスクリーン映像も駆使されていて、あれはステージに近すぎると、かえってよくわからないはずだ。またオープニングアクトがあって、個人的に会社から会場直行を強いられた状況では、2階席は便利かつ快適になるはずだった。


 しかし今回ばかりは、2階席を選択し、かつ2階席に頼った備えしかしてこなかったことを、私は激しく後悔した。この素晴らしいライヴを、座ってくつろぎながら観ている場合ではなかったのだ。




(2003.7.21.)
















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