予定時間を10分ほど過ぎ、客電がついたままの状態でSEが響く。ステージ後方のスクリーンには、紫のカラーを背景に"In The Flesh"と書かれたピンクの豚があって、これがやがて夕焼けの映像に変わる。ここでやっと客電が落ち、メンバー登場。スクリーンの手前が例の"壁"を思わせる作りのセットになっていて、両端の裏側から他のメンバーが、中央部のドアからロジャーが姿を見せた。
オープニングは『In The Flesh』。ロジャーは"壁"の上に立ってベースを弾き、映像はハンマーが行進するアニメや、『The Wall』のときのツアーのものと想像されるステージへと変貌する。ロジャーはステージ前方に移動。曲は『The Happiest Days Of Our Lives』からアルバムそのままにメドレーで『Another Brick In The Wall(Part 2)』となり、早くも場内のテンションは高くなる。続いてはロジャーがベースからアコギに持ち替えて切々と歌う『Mother』。立て続けに『The Wall』から4曲となったが、出だしを自分のソロの曲とせず、フロイド時代の曲にしたのは正解だと思う。
こうして、ライヴ前半はフロイド時代の曲が立て続けに披露される。個人的に嬉しかったのは『Animals』編の2曲。まずはスクリーンがアルバムジャケットとなり、『Pigs On The Wing(Part 1)』が始まったところで例の豚のバルーンを別の角度から捉えた映像に変わる。続く『Dogs』こそは前半のハイライトと言ってよく、10分を越える大作が緊張感を帯びて場内を包み込む。中盤はロジャーと3人のギタリストが楽器から手を離し、ドラムセットの脇に設けられていた丸テーブルで乾杯し、トランプに興じるという演出をする。もちろんこの間も、ドラムとキーボードで演奏は続けられている。そしてこれはおまけだが、このときPAのスタッフもパソコンでソリティアをやっていた(笑)。
前半を締めくくったのは『炎』編だった。『Shine On You Crazy Diamond』では、スクリーンにシド・バレットの姿が浮かぶ。若い頃の写真なのだろう、長髪で精悍な顔つきをしていて、そしてなぜか上半身が裸だ。射るような目つきは、その後のシドの成り行きを知る者にとってはむしろもの悲しく思えてしまう。曲が進むにつれてこのシドの姿がどんどんアップになり、最後は網の目のようになってしまった。続いては、アルバム曲順そのままに『Welcome To The Machine』。今回ロジャーは全てにおいてメインヴォーカルを取っているわけではなく、左フロントの2人のギタリストがメインで歌う場面が多い。がしかし、この曲はほとんどを自らしっかりと歌い上げ、表現者としての力量が発揮されるのが歌詞やコンセプトだけではないことを証明してみせた。
シドのことを歌ったとも、ロジャーが自分自身に向かって歌ったとも言われている『Wish You Were Here』、そして再び『Shine On You Crazy Diamond』。今度は壮絶なインプロヴィゼーションが繰り広げられ、従来のフロイドのような映像へのこだわりと、キング・クリムゾンのような演奏そのものへのこだわりとを融合させたような格好になった。そしてアルバム5曲中4曲をたて続けに披露したということで、実質的にアルバム『炎』を再現する格好になったと思う。ここで2部構成の前半が終了。約15分の休憩となる。
第2部は心臓の鼓動のようなSEでスタートし、『Breathe(In The Air)』へ。つまりは『狂気』編のスタートだ。スクリーンはアルバムジャケットのプリズムとなり、少しずつ右から左へ移動。やがてプリズムから流れる虹の線が広がる。続いては時計が鳴る音のSEが響き、『Time』へ。フロイドの音楽では、曲間あるいは曲と曲の間のSEが結構ポイントになっていて、ライヴではステージからのみならず左右のスピーカーからも音が発せられている。国際フォーラムにはこれまで何度となく来ているけど、こうまで変幻自在の音響を堪能できたのは初めてのことではないだろうか。
場内スタンディングオベーションとなった中でメンバーを紹介し、そして本編ラストとなる『Comfortably Numb』へ。ここでは、終盤に2人のギタリストが頑張った。まずはスノウィー・ホワイトで、この人は76年のフロイドのツアーにも帯同している職人だ。続いてはチェスター・カルメン。この人はライヴエイドでポール・マッカートニーのバンドを務め、マドンナやマッシヴ・アタックとも仕事をしている(以上パンフレットより引用)。この日のライヴでは、メインヴォーカルの多くを任された人だ。2人で"壁"の上に立ち、ワンフレーズずつ交互にギターソロを披露。その度にピンスポットが当たる。この曲はギルモアズ・フロイドでも終盤の重要な位置を占めていたが、ロジャーのライヴでまさかこうまで(失礼)テンションが上がるとは、思ってもみなかった。ほとんど間を置かずに始まったアンコールは、新曲『Each Small Candle』。ラストに自分のソロを持ってくるところに、ロジャー・ウォーターズという人の意地を垣間見たような気がした。