Roger Waters 2002.3.30:東京国際フォーラム ホールA

ちょうど1週間前には、チャック・ベリーとジェームズ・ブラウンの夢の競演が行われたここ国際フォーラム。ほぼ満員の入りとなり、そして客の年齢層も高い。今回のロジャー・ウォーターズはなんと72年のピンク・フロイド以来30年ぶりの来日で、デイヴ・ギルモア率いるピンク・フロイドの来日から数えても14年ぶりとなる。これほどまでにメジャーでありながら、来日の間隔があまりにもあき過ぎていることから、日本のファンには今ひとつ馴染みが薄いフロイド人脈。それだけにこの日のライヴに対する期待も膨らみ、同時に複雑な思いにもかられてしまう。





 予定時間を10分ほど過ぎ、客電がついたままの状態でSEが響く。ステージ後方のスクリーンには、紫のカラーを背景に"In The Flesh"と書かれたピンクの豚があって、これがやがて夕焼けの映像に変わる。ここでやっと客電が落ち、メンバー登場。スクリーンの手前が例の"壁"を思わせる作りのセットになっていて、両端の裏側から他のメンバーが、中央部のドアからロジャーが姿を見せた。


 オープニングは『In The Flesh』。ロジャーは"壁"の上に立ってベースを弾き、映像はハンマーが行進するアニメや、『The Wall』のときのツアーのものと想像されるステージへと変貌する。ロジャーはステージ前方に移動。曲は『The Happiest Days Of Our Lives』からアルバムそのままにメドレーで『Another Brick In The Wall(Part 2)』となり、早くも場内のテンションは高くなる。続いてはロジャーがベースからアコギに持ち替えて切々と歌う『Mother』。立て続けに『The Wall』から4曲となったが、出だしを自分のソロの曲とせず、フロイド時代の曲にしたのは正解だと思う。


 そのロジャーは黒づくめの格好。長身でかなりの大柄だが、リチャード・ギア似の風貌(笑)からは笑みがこぼれている。頭でっかちで気難しい人というイメージがある人なのだが、時の流れがそうさせたのだろうか。メンバー配置はステージ後方左にドラムス、右は2人のキーボード。そしてフロント右は3人の女性コーラス、左は2人のギタリストが陣取っている。ロジャーの参謀格とも言え、エリック・クラプトンのツアーメンバーとしてもお馴染みのアンディ・フェアウェザー・ロウは、ロジャーの右後方に静かに立っていた。





 こうして、ライヴ前半はフロイド時代の曲が立て続けに披露される。個人的に嬉しかったのは『Animals』編の2曲。まずはスクリーンがアルバムジャケットとなり、『Pigs On The Wing(Part 1)』が始まったところで例の豚のバルーンを別の角度から捉えた映像に変わる。続く『Dogs』こそは前半のハイライトと言ってよく、10分を越える大作が緊張感を帯びて場内を包み込む。中盤はロジャーと3人のギタリストが楽器から手を離し、ドラムセットの脇に設けられていた丸テーブルで乾杯し、トランプに興じるという演出をする。もちろんこの間も、ドラムとキーボードで演奏は続けられている。そしてこれはおまけだが、このときPAのスタッフもパソコンでソリティアをやっていた(笑)。


 ピンク・フロイドといえば、今でも真っ先に挙がるのは『原子心母』『狂気』『The Wall』といった辺り。『Animals』の評価はそれほどでもなく、当時はむしろ否定的だったようだ。難解になったコンセプトは聴く側にはリアリティがなく、「くだばれピンク・フロイド」と書かれたTシャツを着たジョニー・ロットン、すなわちセックス・ピストルズ~パンクの方に引き寄せられて行った(らしい)。だけど時の流れという審判が下った今、『Animals』のコンセプトは風化しても(皮肉なことだが、パンクも風化してしまっている)、そのサウンドは風化してはいないのだと、この演奏を目の当たりにしながら感じている。ここまでひと言も発していなかったロジャーだが、曲が終わり場内が歓声に包まれたとき、はじめて「thank you」と挨拶した。





 前半を締めくくったのは『炎』編だった。『Shine On You Crazy Diamond』では、スクリーンにシド・バレットの姿が浮かぶ。若い頃の写真なのだろう、長髪で精悍な顔つきをしていて、そしてなぜか上半身が裸だ。射るような目つきは、その後のシドの成り行きを知る者にとってはむしろもの悲しく思えてしまう。曲が進むにつれてこのシドの姿がどんどんアップになり、最後は網の目のようになってしまった。続いては、アルバム曲順そのままに『Welcome To The Machine』。今回ロジャーは全てにおいてメインヴォーカルを取っているわけではなく、左フロントの2人のギタリストがメインで歌う場面が多い。がしかし、この曲はほとんどを自らしっかりと歌い上げ、表現者としての力量が発揮されるのが歌詞やコンセプトだけではないことを証明してみせた。


 シドのことを歌ったとも、ロジャーが自分自身に向かって歌ったとも言われている『Wish You Were Here』、そして再び『Shine On You Crazy Diamond』。今度は壮絶なインプロヴィゼーションが繰り広げられ、従来のフロイドのような映像へのこだわりと、キング・クリムゾンのような演奏そのものへのこだわりとを融合させたような格好になった。そしてアルバム5曲中4曲をたて続けに披露したということで、実質的にアルバム『炎』を再現する格好になったと思う。ここで2部構成の前半が終了。約15分の休憩となる。





 第2部は心臓の鼓動のようなSEでスタートし、『Breathe(In The Air)』へ。つまりは『狂気』編のスタートだ。スクリーンはアルバムジャケットのプリズムとなり、少しずつ右から左へ移動。やがてプリズムから流れる虹の線が広がる。続いては時計が鳴る音のSEが響き、『Time』へ。フロイドの音楽では、曲間あるいは曲と曲の間のSEが結構ポイントになっていて、ライヴではステージからのみならず左右のスピーカーからも音が発せられている。国際フォーラムにはこれまで何度となく来ているけど、こうまで変幻自在の音響を堪能できたのは初めてのことではないだろうか。


 そしてスロットマシンを操る音、及びお金がじゃらじゃらと流れ出す音のSE。大ヒットした『Money』だ。スクリーンはアナログのターンテーブルを上から見たような絵柄となり、やがて回転する盤の中がお金やヌードの女性の映像となる。間奏はアンディ・フェアウェザー・ロウの出番だ。ここまで1度もスポットが当たらず、主なギターフレーズも他の2人に委ね、ロジャーがギターを手にしているときは代わりにベースを弾きといった具合で、ひたすら黒子に徹していた感があったのだが、ここでステージ前方に現れて弾きまくりだ。ロジャーが30年ぶりの来日なら、アンディはクラプトンのツアーもあって、わずか3ヶ月ぶりの来日だ。もともとロジャーのソロ作品にも参加している人なので、もしかしたらその付き合いはクラプトンよりもロジャーとの方が長いのかもしれない。





 さて、ここからはロジャーのソロ大会となる。私もそうだし、多くのファンはフロイドの曲を望んで会場に足を運んでいるはず。なので、このコーナーはともすれば間延びしてしまう恐れもあった。のだが、そこをそうさせないのがこの人のしたたかなところだろう。ライヴの臨場感を発揮するのに適した曲をセレクトし、緊張感を持続させている。また、今回のツアーメンバーはかなり豪華でありかつ強力なのだが、ここでは3人の女性コーラスのうち、真ん中に陣取っていたのがPPアーノルド。ソロで活動してもいいくらいの力量を持つ彼女が熱唱し、ロジャーとの掛け合いになる場面もあった。


 ソロ活動は自身にとってのピンク・フロイドの継続であり、巨大テーマパークと化したデイヴ・ギルモアによるフロイドのライヴとは、ベクトルが異なることを示さんとしている。ただそれだけに地味でコンパクトな感は否めず、今回は5000人規模の国際フォーラムだからこれでいいかなとも思えるが、会場がこれより大きくなった場合、このコンセプトが浸透するだろうかという不安もよぎらせた。





 いよいよ終盤で、再び『狂気』ワールドへ。『Brain Damage』~『Eclipse』という、アルバムの終盤2曲をまんま持ってくる。『The Wall』がアーティストとしてのロジャーにとっての臨界点ならば、『狂気』はバンドとしてのピンク・フロイドの臨界点だったのだろう。そしてたびたびお目見えする、2曲で1曲というこの構成。フロイドの曲は他のプログレ勢からするとはるかに聴きやすくできているように思うのだが(セールス面でひとり勝ちしているのもこのためか)、こうした細かい構成を要所にちりばめ、トータルとして起承転結の流れを作りドラマ性を持たせているところに、プログレバンドの先駆者としての技を感じる。


 場内スタンディングオベーションとなった中でメンバーを紹介し、そして本編ラストとなる『Comfortably Numb』へ。ここでは、終盤に2人のギタリストが頑張った。まずはスノウィー・ホワイトで、この人は76年のフロイドのツアーにも帯同している職人だ。続いてはチェスター・カルメン。この人はライヴエイドでポール・マッカートニーのバンドを務め、マドンナやマッシヴ・アタックとも仕事をしている(以上パンフレットより引用)。この日のライヴでは、メインヴォーカルの多くを任された人だ。2人で"壁"の上に立ち、ワンフレーズずつ交互にギターソロを披露。その度にピンスポットが当たる。この曲はギルモアズ・フロイドでも終盤の重要な位置を占めていたが、ロジャーのライヴでまさかこうまで(失礼)テンションが上がるとは、思ってもみなかった。ほとんど間を置かずに始まったアンコールは、新曲『Each Small Candle』。ラストに自分のソロを持ってくるところに、ロジャー・ウォーターズという人の意地を垣間見たような気がした。





 冒頭に書いた「期待」とは、個人的に初となるピンク・フロイドのナマの体験がついに果たされることだった。一方の「複雑な思い」とは、これは今や50代となったロジャー・ウォーターズのライヴに、リアリティがあるのだろうかということだった。ただナマが観れればいい、フロイドの曲が聴ければそれでいい、というアーティストもオーディエンスも後ろ向きな懐メロ大会になってしまうのでは、という恐怖感だった。もちろんこの日のライヴをそう受けとって、それを楽しんでOKという人もいただろうが、私の場合は少し違った。


 年をとることで確かに若さや体力は失われるし、2部構成にして休憩を入れたことはそれを裏付けていると思う。しかしそれでも計3時間にも渡るライヴは見事だったし、それができたのは、むしろ年をとったことで若かった頃より表現力が増したからだと思う。常に戦闘モードでバリバリの現役、という熱の高さはないのだが、数々の名曲を伝えることを中心とし、後は地道に新たな方向性を模索するというやり方も、あながち悪くはない。こういう年のとり方、こういう生き延び方もある、というひとつの方法論を示していたと、私は受けとっている。




(2002.3.31.)































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