山下達郎 2002.3.2:厚木市文化会館

厚木市文化会館は、東名高速の厚木ICから約10分ほどのところに位置していた。400台分を収容できる駐車場もあり、なんと無料というありがたさ。しかし山下達郎のファンはその年齢層も高く、クルマで来た人が多い様子で、駐車場はほぼ満車。開場前から多くの人が集まり、予定より少し時間を早めての開場となった。グッズ売り場は多くの人でごった返し、隣のCD売り場では、限定モノで入手困難となっているアナログ盤や、自筆のサイン色紙なども販売されていた様子だ。





 6時40分頃にイントロのメロディーが流れ、そして客電が落ちる。メンバーがスタンバイし、達郎はフロント前方に立つと、場内からは大きな歓声と拍手の渦が沸く。1曲目は、達郎が軽快にギターをかきならして始まった『Sparkle』。透き通っていて、それでいてあの独特の甲高い歌声はCD以上にクリアで、思わずびっくり。そして感激。ステージにはさまざまなオブジェが立ち並び、それぞれに今回のツアーのコンセプトである7枚のアルバムの名前と発表年が記されている。


 続いては『Love Space』。ソロとしてはセカンドの『Spacy』のトップを飾っている曲だ。このアルバムはドラムに村上"ポンタ"秀一、ベースに細野晴臣、キーボードに坂本龍一という、今では信じられないような強力な布陣で作られ、透明感に溢れ洗練された作品だと思う。個人的には7枚のアルバムの中では『Spacy』が最も気に入っていたので、早くもそこからの選曲がされたのが嬉しかった。間奏のところで達郎が「こんばんは!」と挨拶し、続いて難波弘之のキーボードソロとなった。


 達郎はブルーのスーツ姿。意外や細身だ(特に足が)。バンドは総勢9名で、達郎の真後ろにはドラムとベースのリズム隊。左後方にはギターでその奥にサックス、右後方には男1女2のコーラス。そしてキーボードが両脇に陣取っているという配置だ。今回は『Cozy』のツアー以来約3年ぶりとなり、この日は約3ヶ月に渡るツアーの初日に当たる。そして今回は達郎が通常行っているツアーとは内容が大きく異なり、先日2月14日にリマスター再発したRCA/AIR時代の7枚のアルバムの曲を中心に行うことになっている。





 序盤は、1曲毎に達郎自身のMCが入る。RCA/AIR時代というのは、達郎の年齢としては23歳から29歳までの時期に当たること。とにかくセールス面で苦戦を強いられていて、あまりいい思い出がなかったこと。リハーサルはしっかりやったけど、この頃の曲は1曲1曲がとても長く、インプロビゼーションが随所に炸裂していて、これをライヴで演るとどうなるかが自分でも想像がつかないこと。当初は気軽にやるつもりだったツアーがいつのまにか話が大きくなってしまって、困惑していること。ホールクラスじゃなくてもっとデカいハコでやれとか、サラリーマンは土日じゃないとライヴに行けないとか、ファンからたくさん苦情が来たこと(笑)。などなど・・・。


 RCA/AIR時代の7枚のアルバムが、アナログそのままの音質でCD化されて世に出ていることは、達郎自身にとって不本意極まりないことだったようだ。今回リマスター処理を施して再発し、となれば当然その販売を促進させるためのツアーが必要、ということになる。だけど達郎にはそうしたプレッシャーはなくって、かつて自分が手がけた曲を今1度自分の手で磨き上げたかったのだろう。ほんとうはホールでも大き過ぎるくらいで、実はライヴハウスで気軽に演りたかったんじゃないだろうか。今回が初の山下達郎のライヴとなる私には今ひとつ実感がないのだけれど、20数年ぶりに演奏する曲というのもたくさんあるそうで、これは長年のファンは元より、達郎本人が喜びを噛み締めているようだ。


 そして達郎が、こんなツアーができるのも彼らのおかげだと言ってはばからない、9人のバンドメンバー。達郎の全幅の信頼を勝ち取っている9人は、前回のツアーからそのまま固定されているそうで、あまりに仲が良過ぎてこの9人だけでアルバムを作ってしまったのだそうだ。私が元から名前を存じ上げていたのはキーボードの難波弘之だけだが、曲によってはもうひとりのキーボードの人とギターの人とのインプロヴィゼーションがあったり、ドラムとベースの掛け合いがあったりと、ジャムセッションのような様相を呈している。達郎は演奏では彼らそれぞれに見せ場を作ってやりたいようにさせ、自身は歌にMCにとうまくステージの流れを組み立てている。





 中盤、メンバーがステージから消えて達郎はひとりとなって、そしてキーボードの前に座る。弾き語りで何曲か歌い、次いではアカペラも披露。こんなワザができるのも、自分がやってきた仕事に対しる自信と、そして余裕からなのだろう。ツアー初日にありがちな機材トラブルや音響の悪さなどもなく、もちろん演奏ミスもほとんどない(増してやリハーサルをみっちりやってきたと言っていたし)。


 そして声がCD以上にクリアだと私が思ったのは実は本人も実感しているようで、20代のときよりも今の方が声が出ているのだそうだ。20代のときはタバコを1日3箱くらい吸っていて、ライヴでは序盤は声が枯れていて、それが30分くらいすると元に戻って行ったのだとか。タバコは12年前にやめていて、今は声が通る分体がついて行かないとのこと(笑)。ただ体力面では20代のときより落ちてはいても、演奏力や表現力はより増してきていて、それで今夜のような素晴らしいライヴを成り立たせているのだと思う。





 しかし、この人はなかなかサービス精神旺盛だ。『My Girl』をなぜか演歌モードで歌ったかと思えば、MCでも充分に観る者を楽しませてくれる。アカペラを演る前にはハモネプのヴォイスパーカッションのマネをしてみせたり、前半にあった狭い会場でとの要望には、「やだねったら、やだね♪」と受け流す。クラプトンみたいに終始無言でライヴができたらカッコいいんだろうけど、自分にはそれはできないときっぱり。でも、この人の場合はこれでいいのだろう。しゃべっている最中に小さな子供が泣き出すと、その場でよしよしとあやす。余裕ですなあ。


 終盤は再びバンドセットに戻っての演奏となる。相変わらずの演奏力の高さに驚かされ、そして聴き惚れる。確かに1曲1曲は長く、インプロヴィゼーションの連続だ。当時セールス面で苦戦を強いられていたのも、ある意味仕方がないように思う。まるで賞は取るが話題にはならない映画のようで、質の高い音楽を演ってはいるが、それを受け入れるだけの土壌が当時の日本の音楽シーンにはまだなかったのだろう、きっと。そしてその質の高さは、20年以上経った今懐メロに成り下がることはなく、むしろ表現力を増した今のバンドによって、更なる極上のポップミュージックへと変貌を遂げている。本編ラストは『Circus Town』で締めたが、ここまででも相当なヴォリュームだ。





 アンコール。達郎は赤いシャツに黒のパンツに着替えていて、そしてステージ前にはプレゼントを手にしたたくさんのファンが。コレもしかして、達郎のライヴではお馴染みの光景なのだろうか。達郎はプレゼントを丹念に受け取り、ファンとしっかり握手。私が普段よく観ている洋楽アーティストのライヴではおよそ見られない光景なので、なんだか新鮮だった(いや、92年のデヴィッド・シルヴィアンのときにもこんな光景があったな)。そして曲は『ラヴランド、アイランド』。現在ドラマの主題歌に抜擢されてシングルカットされ、時ならぬリバイバルヒットになっている曲で、ここで場内は総立ちに。


 そして間髪入れずに『Ride On Time』へ。RCA/AIR時代はセールス面で苦戦したと何度も言っていた達郎だが、この曲は作り手として自分が演りたい音楽と、受け手としてのファンの感性が合致した最初の曲ではなかったかと思う。以降CMとのタイアップが加速度的に増え、ヒットを連発して行くのだが、その取っ掛かりとなった曲ではなかったか。それをこの場面に持ってくるのはうなづける話で、いよいよ締めくくりに差し掛かったことを予感させる。ここで達郎は今1度バンドメンバーを紹介し、各々にソロを披露させる。やがてメンバー全員でステージ前に立ち、肩を組んで礼。しかし他のメンバーはステージを去るも、達郎はひとり残ってまだ演奏を止めようとはしない。ラストは弾き語りで『おやすみ』。終わってみれば、なんとなんとまる3時間にも渡るステージだった。





 『クリスマス・イヴ』も、『蒼氓』も、『ゲット・バック・イン・ラヴ』もないライヴだった。しかし初のナマの山下達郎体験だった私でも、それらがないことに対する不足や不満を感じることはなかった。ユーモラスなMCを連発する中で、達郎が1度だけ語気を強めてやや怒り気味に話す場面があった。自分は決して音楽を作りたい時にだけ作っているのではなく、楽に仕事をしているわけではないのだと。世の中は不況だし、その煽りはアーティストにも容赦なく降りかかってくる。そうした中を生き抜くために必死で戦っているのだと、達郎は言った。今回のツアーも、7枚のアルバムのリマスターも、決して過去の遺産を再構築することで金稼ぎをしているのではなく、プロフェッショナルとしての意地が達郎をそうさせたのだと思う。




(2002.3.4.)


































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