Aerosmith 2002.2.2:東京ドーム

私の座席位置はアリーナBブロックのかなり左の方。ステージとの角度がかなりきついところだが、その代わりに曲によっては極上の臨場感を味わえるはずだ。そして"臨場感"といえば、今回はステージ両サイドに50組100名のファンを入れている。ファンクラブやラジオ番組などで募集した通称"エアロカフェ"で、常にファンとのコミュニケートを大事にしたいというバンド側の提案によってできたものだ。しかし、うらやましいな(笑)。





 場内にはキンクスの『Victoria』やクラッシュの『I Fought The Law』などがBGMとして鳴り響き、スクリーンにはエアロのオフィシャルサイトやCG画像が映し出される。しかし予定時間を過ぎても一向に始まる気配はない。結局、30分近く遅れてやっと客電が落ちた。エスニックかつシステマティックなイントロが響き、スクリーンではアルバムジャケットの機械女がくねくねしている。そしてステージ後方の上段に人影が。スティーヴン・タイラーとジョー・ペリーで、いよいよショウの幕開けだ!エアロのライヴのスタートは、いつもカッコいい。出だしでファンを引き込むことが如何に重要であるかをわかった上で、それをほぼ完璧な形でやってのけるバンドを、私は他に知らない。


 最初のワンコーラスを終えると、スティーヴンがステージ前方に歩み寄る。白いジャケットに白いパンツで、サングラスをかけている。ジョー・ペリーはまだ後方で弾きまくっていて、こちらは黒づくめの格好。スクリーンには星条旗と日の丸がダブるような映像が映り、続いてジョー・ペリーの星条旗柄のギターが映し出される。また今回はT字型に花道ができていて、両サイドは元よりアリーナA、Bブロックのど真ん中に突き出しているような具合になっている。スティーヴンはマイクスタンドを持って歌いながら、少しずつその花道を進んで行く。これだけでもう場内は興奮の坩堝と化す。


 最新作『Just Push Play』はキャリアを通じて初となるセルフプロデュースとなり、その仕上がりには本人たちが満足しているばかりか、メディアからも絶賛された。ただ私個人としては、キャッチーでシングル向けの曲は並んだが、これがライヴでそのまま活きてくるのかと、正直少し不安だった。しかしそれも杞憂。タイトル曲では、サビでスティーヴンと場内との掛け合いが実現。テクノがかり過ぎた曲のように思えていたのに、それがライヴではナマナマしい鼓動と息吹に溢れている。ジョー・ペリーが、この曲は21世紀版の『Walk This Way』なんだと言ったそのことばの意味を、私はやっと理解できた。


 そして早くも、『Jaded』の印象的なイントロが響き渡る。90's以降のエアロのシングルはバラードが多かったが、エアロらしいロックのテイストをダイレクトにブチ込みながら、ポップで聴き易くノリ易い仕上がりにまとまったこの曲はまさに奇跡的で、キャリアを通じてもバンドを代表する曲のひとつになり得るのではないかと思う。スティーヴンはジャケットを脱ぎサングラスも外し、歌いながらステージ左の花道を少しずつ歩いてくる。つまり私のいるところにどんどん近づいてくる格好なのだ!やったーー!スティーヴンは端まで来るとそこに留まって熱唱。恐らくは場内最初のクライマックスの瞬間で、私はそれを間近で体感することになったのだ。





 ここでシフトチェンジし、続いては『Same Old Song And Dance』。キャリアのあるバンドが初期の曲をライヴで演奏することは、とても興味深い。その当時として最善は尽くして仕上げたに違いはないのだろうが、それを今の自分たちがやったらもっとうまくやれる。そんなふうにも見て取れる。次の『Pink』は前作『Nine Lives』からは唯一の演奏となり、これまた興味深かった。トータルのバランスを考えた結果がこうなったのだろうか。


 ジョー・ペリーが通訳の女性を呼び寄せ、自分がしゃべったことを彼女を介して日本語で場内に伝える。これはミレニアムカウントダウンでも見られた光景だが、私個人としては初めてエアロを観た94年の武道館以来のことだ。そしてジョーが通訳を介してまでも伝えたかったことは、次の曲をレコーディングした当時の構成で演奏するということ。その曲とは『Sick As A Dog』で、ジョーがベース、トムがギターという本来とは逆の担当。そして途中からはジョーがギターに戻るとスティーヴンがベースを弾き、ブラッドやトムと一緒に4人が横一列に並ぶ形でのジャムセッションのようになった。


 エアロスミスのライヴではセットリストは固定されず、日替わり、あるいは公演を重ねて行く中で微調整をして曲を選りすぐるというところがある。ここでは名古屋に続き、『No Surprise』を披露。レコーディング中にジョー・ペリーが脱退してしまい、エアロ低迷期の始まりとなったアルバム『Night In The Rats』の冒頭を飾る曲だ。オーソドックスなロックンロールで、大熱狂を呼び起こすとはお世辞にも言えないのだが、しかしそれでもこの曲を演奏してくれたことを私は大歓迎する。ほんとうにカッコいい奴らとは、何もかもを完璧にやってのけるのではなく、傷つき打ちのめされてもそこから這い上がってくることではないのかと、最近の私は思い始めているからだ。


 『Light Inside』『Sunshine』といった新作からの曲に続き、名作『Rocks』からの『Rats In The Cellar』。ここで再びジャムセッションのスタイルとなってまたしても4人が寄りそう形になり、スティーヴンはハーモニカを口だけで吹きながらマラカスを振るという、信じられないことをやっている。序盤が比較的視覚に訴える演出やアクションをしていたのに比べ、ここでは演奏に重きを置き、聴かせることに徹底する。こんなエアロも観たかった。更にダメ押しで、必殺の『Dream On』へとなだれ込む!





 そしてジョー・ペリー・コーナー。新作からの『Drop Dead Gorgeous』に続き、またも女性通訳を呼び寄せる。ボストン版のブルースだよと言って始めたのは『Stop Messin' Around』。この曲は98年や99~2000年の来日公演でも演奏していたと思うのだが、私はなぜこの曲がセレクトされるのかがそれまではさっぱりわからなかった。しかしジョーが敢えて"ボストンの"と言い、この原曲がフリートウッド・マックであるところに、その取っ掛かりはあった。


 地元ボストンのローカルバンドとして活動していた彼らが、メジャー契約にこぎつけるためにレコード会社の関係者を呼び、彼らの前で演奏してみせたのは『Walkin' The Dog』と『Rattlesnake Shake』の2曲だった。前者はファーストアルバムのラストに収録。そして後者は原曲がまたもやフリートウッド・マック。つまりジョーは、いくつかあるバンドのルーツの一端、及び原点としての立ち位置を、自分なりに示しているのだと思う。





 『Draw The Line』では、途中からメドレー形式で『Let The Music Do The Talking』が挿入され、次いでジョー・ペリーの独壇場に。ギターをワンフレーズだけ弾いては拳を突き上げ、場内はそれに合わせるように「ウォーッ」と歓声を挙げる。そうして中央花道の先端まで行き付いたジョーはそこで再び『Draw The Line』のフレーズを弾き始め、やがて上着を脱いで上半身裸になり、ギターを置いて上着で弦を叩きまくるという荒ワザに。最後はその場にばたりと倒れる。


 そもそも今回、ジョー・ペリーの爆発ぶりが物凄い。2年前のときはクールに弾いていたという印象があったのだが、この日は激しく荒々しいプレイが際立ち、ここに来て若返っているのではないかと思えるくらいに元気で、そして鋭い。観る場所にもよるのかもしれないけど、私の耳にはジョーのギターがやけに良く届いた。オレたちは、まだゲームの中にいる−。これは新作発表に際したジョー・ペリーのことばだが、その自信がみなぎった暴れっぷりだ。


 今までは"動かざること山の如し"状態だったブラッド・ウィットフォードとトム・ハミルトンの2人だが、今回はただ演奏に徹するだけではなくて、エアロカフェのところにまで何度も歩み寄ったり、T字型の花道を歩きながら弾くということをやっている。2人のステージ上の立ち位置が入れ替わることも1度や2度ではなく、終盤の方ではトムが中央花道を歩きながら演奏するということもあった。普段あまり語らない男たちが発することばには、説得力が備わっている。そして、普段あまり動かない男たちが動くということはとてつもなく重く、そして意味のあることだと思う。彼ら2人もまた、自信に満ち溢れているのだ。


 大ヒット曲『I Don't Want To Miss A Thing』は、ストリングスではなくピアノのイントロで始まってスティーヴン熱唱。続く『Cryin'』でも熱唱し、この人のヴォーカリストとしての力量をまざまざと見せつけられる。しかしスティーヴンの懐の深さは、次の2曲でこそ真価を発揮する。まずはジェームズ・ブラウンのカヴァーである『Mother Popcorn』で、先ほどのジョー・ペリーに呼応するかのように、バンドのルーツの一端をスティーヴンなりに表現しているように思える。続くは今やお馴染み『Walk This Way』で、乱立するラッパー顔負けのマシンガン連打のような歌いっぷり。ファンク、ラップ、そしてブラックミュージックのエアロなりの継承と伝承の部分を、スティーヴンは担っているのだろう。





 本編ラストは『Sweet Emotion』で締め、そしてアンコールは圧倒的とも言える『Back In The Saddle』で始まった。これ以上はムリというくらい甲高い声でシャウトするスティーヴン。かと思えば、続く『What It Takes』では一転して場内は静まり返り、その中をアカペラで歌い始めるスティーヴン。何度となく聴いて来たはずなのに、この曲が優れた曲のひとつであることを改めて思い知らされる瞬間だ。


 そして幕引きは『Train Kept A Rollin』。98年のときにはラストが『Sweet Emotion』からレッド・ツェッペリンの『Heartbreaker』となって、なんで最後の最後にツェッペリンなのかと私はついて行けなかったのだが、この日のライヴでようやく納得ができた。今回のセットリストほど、彼らのルーツ、彼らの原点を垣間見ることができた選曲はなかったと思う。そしてラストがこの曲なんて、出来過ぎだよね。彼らは今1度原点に立ち戻ろうとしているのかもしれないし、いやむしろルーツに対するリスペクトの想いは常に抱いていて、それをより明確な形で表現したかったのかもしれない。














 私が初めてエアロスミスのライヴを観たのは94年5月の武道館公演。それまで私はほとんどエアロを聴いておらず、だけど度重なる追加公演の発表という熱狂ぶりに、これは乗るべきだと思いベスト盤とゲフィン3作を聴いて付け焼刃ながらライヴに臨んだ。この時点では、自分は遅れて来たエアロファンなのだという意識があった。それから7年半が経ち、この日東京ドームには数多くのファンが集まった。特に女性の方が目立ったし、幼い子供を連れた家族の微笑ましい姿もあった。もちろん昔ながらの年期の入ったファンもいただろうし、近年の作品や『~ Miss A Thing』のヒットやイエローモンキーを経由することでエアロを聴くようになったファンも多いと思う。


 遅れて来たファンのはずの私はいつのまにか中堅どころに追いやられた気分だが、私をそうした気分にさせてしまい、さまざまなファンをまるごと飲み込んでしまうバンドのスケールの大きさは、ほんとうに凄い。同様に凄いのは、彼らはどこまでビッグになろうとも、ファンとコミュニケートすることの大切さを失わず、偉大な先人たちに対するリスペクトの気持ちも薄れさせることがないことだ。





 彼らのライヴを観た私の中に、ジョー・ペリーが放ったことばが今1度よみがえる。





























オレたちは、まだゲームの中にいる。















(2002.2.3.)































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