Bob Dylan 2001.3.14:日本武道館

約3週間の長きに渡るボブ・ディラン全国行脚の旅も、いよいよ今夜が最終。そしてここ武道館は、ディランとチープ・トリックのライヴアルバムによってその名を世界に馳せた地だ。ディランが最後に武道館で公演を行ったのは94年2月。そしてその公演とは、私が最初にディランを観たときでもあった。まるでメビウスの輪のようなこの因縁に、またしても何かが起こりそうな予感がする。





 中盤の関西遠征でも相変わらずの大胆な日替わりセットリストだったが、この日のオープニングは『Duncan And Brady』に戻してきた。メンバーの格好はフロント3人が東京2日目と同様エンジ色のスーツ。そしてディランだが、なんと白いスーツだ!私は資料でしか知ることのできない初来日公演。それから23年の時を経て、ディランは今再び白いスーツをまとってギターを弾きながら歌っている。


 続くは『Mr. Tambourine Man』!!今や原曲のように力強く歌い上げることなどありえないのだろう。ここではまるで別の曲に生まれ変わったかのように、憂いを帯びた味わい深いアレンジで演奏され、じっくりと歌われる。強烈なインパクトこそないが、自信と余裕がにじみ出ていて、言いようのない感動に襲われる。終盤ではブルースハープを披露。ボブ・ディランを好きでよかった。ボブ・ディランと同じ時代を生きることができて、ほんとうによかった。ここで私は早くも感極まってしまった。


 この日はオーディエンスも素晴らしい。初めてディランのライヴを体験する人。初来日からディランを追いかけている人。全国全ての公演を観に行った人。さまざまな人たちがそれぞれの想いを胸に秘めて、この日この場に集まったことだろう。曲の出だし、アレンジの微妙な変化に敏感に反応し、曲が終わると場内は大歓声と喝采が沸き起こる。





 私が最も好きな大作ディランナンバー『Desolation Row/廃墟の街』を経て、エレクトリックにチェンジ。『~ Menphis Blues Again』はノリのいい痛快モードだが、しかしコーラス毎にアレンジが微妙に変化しているような不思議な感覚に陥る。今このときこの瞬間にさえ、ディランは変わり続けているのではないのか。


 この後はディランが90'sに放った傑作『Time Out Of Mind』からのナンバーが続く。『Tryin' To Get To Heaven』はディランが神様でも何でもなく、私たちと同じ傷つきやすい生身の人間であることを諭すような切ない曲だ。一方の『'Til I Fell In Love With You』は、ジャジーでしっとりとした妖しくも美しい仕上がりになっている。ディランの本質はそのままでいて、だけど聴いていてとても新しい。このアルバムが世に出たことの意味は、やはりとてつもなく大きく重いと思う。





 2度目のアコースティックパート。まずは『Mama, You Been On My Mind』。そしてラリー・キャンベルのラップスティールが効果的な『It's All Over Now, Baby Blue』。どちらも哀感が漂い、聴き惚れてしまう。しかし、今回のツアーでは中盤の軸的な位置付けにあったはずの『Don't Think Twice ~』すら外してしまう大胆さに、こっちがびっくりしてしまう。


 そして『Tangled Up In Blue』。しかし、この曲は何だ。コーラスを重ねる度にどんどんハードに、そしてどんどんアグレッシヴに変貌している。こんなアコースティックは今だかつて観たことも聴いたこともない。アコースティックはソフトで渋くて味わい深いもの~こうした固定観念をすら打ち砕く、ディランの方法論は何だというのだ。この人はどこまで凄い人なんだろう。どこまでカッコいい人なんだろう。





 再びエレクトリックで、いよいよ終盤だ。ゆったりしたイントロで始まった『Not Dark Yet』。やはり今日は『Time Out Of Mind』デーか。最終日だから、キャパシティの広い会場だから、もしかしたらベストヒットの選曲にしてくるかなとも予想していた。だけどディランはそうはしなかった。きっとディランにとっては、特別なライヴなどあり得ないのだ。もっと言えば、毎回のライヴが特別なライヴなのだろう。たとえ10万人を前にしても、あるいは1人しかいなかったとしても、ディランは同じようにライヴをするに違いない。


 ツアーをするのが自分の仕事。ディランはこう語ったことがあるそうだ。文字通り終わりなき旅になりつつある"ネヴァーエンディングツアー"は、つくづく凄いライヴなんだということを改めて思い知らされる。60'sも70'sもそして80'sも、ディランはギターを手にライヴを行ってきた。それまでも数多くの名演を残してきたはずなのに、47歳という体力的にも精神的にもピークを過ぎたとみなされても仕方がない年齢になって始めた"終わりなき旅"こそが、ディラン最高のツアーなのだと思えてきてしまう。


 本編ラストは、関西遠征以降定番化した『Rainy Day Women #12 & 35』。原曲のトランペットのパートはラリーがラップスティールで担当する。個人的には4年前の国際フォーラムでもみくちゃになりながら一緒に合唱したのを思い出す。終盤で、ディランがなんと「thank you very much for ladies and gentlemen...」と話し、バンドメンバーを紹介した。ディランのMCを聞くのは、自身9回目のライヴにして初めてのことだった。





 アンコール。今やその幕開けはこの曲以外にありえなくなってしまった『Love Sick』だ。ステージ前方の足元からスポットライトが当てられ、ディランの影が大きくなってバックに映る。デヴィッド・ケンパーのdsが小気味よく響き、ディランのギターソロも冴える。キャパ1万の会場に相応しい、重量感溢れるアレンジだ。


 そして説明不用の『Like A Rolling Stone』!!「how does it feel?」とディランが歌うそのとき、客席をなめるようにライトが照らす。照らされた私たちは、まさしく歓喜の中にいる。35年前は罵声を振り切るようにして歌われたこのフレーズが、今では世界中の人の心に響き、震わせているのだ。





 日本公演の終盤から、アンコールにも異変が生じ始めてきた。そしてこの夜『All Along The Watchtower』に続いて放たれたのは、アコースティックでの『Knockin' On Heaven's Door』だった。「天国」の方だったか・・・。イントロが鳴ったとき、私はわりかし冷静だった。ちょっとベタでできすぎかな、と感じていた。が、ディランは冷静のままでいさせてはくれなかった。サビはラリーとチャーリーを加えてのコーラスとなり、曲が進むに連れてどんどん緊張度が増してくる。忘れていた。たとえライヴで何度歌った曲だとしても、その日初めて聴く人のことを想って歌うのだとディランが言っていたのを。


 『Highway 61 Revisited』は更にワイルドに、更にハードな曲に進化し、一層場内のヴォルテージを上げる。恐らく今回の来日公演を通じ、多くの人が再評価した曲なのではないだろうかと思う。そしてラストはもちろん『Blowin' In The Wind』。これにて、ついに全13公演の幕は閉じた。伝説は、再び刻まれたのだ。











 昨年12月に来日の報を耳にして以来、私は自分のサイト内にボブ・ディランのページを作ることを決意した。そのため膨大な量のアルバムを引っ張り出して聴き、何年ぶりかに映像を見、そして不足分のアイテムを新たに買い足した。どこまでディランのことを知れば、ディランのファンになったと口にできるのか。どこまでディランの音楽を聴き込めば、ディランを理解したと口に出して言えるのか。きっとその答えは風の中に・・・ではなく、永遠に出ないような気がする。


 だけどこの3ヶ月間、ページを作りながら今まで自分が気付かなかった新たな発見をいくつもしたし、ディランをキーに新たな人脈もできた。そしてクライマックスとなったライヴだが、計5回観に行ったその内容は、いずれも生涯ベストにランクインさせてもいい素晴らしい出来だった。もうすぐ60になろうというのに、信じられないくらいにカッコよかった。











 感謝とお礼の意味を込めつつ、私はディランに問いたい。











 4年ぶりの日本公演を終えてみてどうだったか、と。











 「how does it feel?」と。











 ディランは、にっこり笑って答えてくれるだろうか。














(2001.3.15.)































Bob Dylanページへ



Copyright©Flowers Of Romance, All Rights Reserved.