この文章は、山川健一さんが主催しているウェブマガジン『I'm Here』に掲載させていただいた文章です(99年6月)。インターネットとロック、そしてこのサイトを立ち上げるきっかけ、立ち上げてからのこと等々、私の想いが集約されています。
今までに数多くのライヴを観てきた。月に購入するCDの枚数が50枚になったときもあった。洋楽雑誌はもとより、名盤アルバム紹介本のたぐいにもたくさん金を使ってきた。
私は幸か不幸か情報サービス産業の会社に就職し、大学卒業まで全く予備知識のなかったコンピュータの操作を会社で取得した。もし今の会社に入っていなければ、今でもコンピュータに触ることもできないアナログ人間のままであったのかもしれない。
ウィンドウズ3.1が普及し出した辺りからインターネットも一般化し始め、私の職場でも使用できるようになった。また、このころになって自分でパソコンを購入してネットを始めるようになった。もちろん夢中になったのは音楽系サイトで、特に自分がライヴを観に行く予定になっている洋楽アーティストがその前に海外でどのようなライヴを繰り広げているか、という情報を数多く入手してライヴに臨むようになった。
そして2年前のGW、あるダイレクトメールが届く。国内初にして最大規模の野外ロックフェスティバル開催の案内であった。蒼々たるメンバーが同じ日に同じ野外ステージに立つ。欧米ではすっかり定着している野外フェスだが、日本ではほとんど過去に例がない。主催者のHPには最新情報が逐一更新され、また掲示板には大きな期待と若干の不安が入り混じった書き込みがログを埋め尽くした。
がしかし、当日は台風の直撃をもろに食らい、会場周辺は大混乱となった。交通機関は麻痺し、電車もシャトルバスも予定通りに運行できない。乗車待ちは数時間にものぼった。ルールを守らない人たちのために道路が狭められ、アーティストたちの会場入りにも支障が出た。
そして会場内。激しい雨。横殴りの風。視界をさえぎる霧。ぬかるんだ足場。最悪の環境だった。しかし、私たちは全身ずぶぬれになりながらも参加アーティストたちの渾身のパフォーマンスを体感した。しかし私たちに「明日」はなかった。翌日、中止の報が虚しく伝えられる。ステージ前は芝がはげて土が剥き出しになり、折れた傘やレジャーシートがそのまま散乱していた。なんで、どうしてよりにもよってこんな日に台風が来なければならなかったのか。中止は賢明な対処のようでもあり、しかし無念さは払拭できなかった。
このフェスティバルは私の中に鉄槌を打ち込んだ。私の中に長年眠っていた何かを覚醒させた。フェスティバルで私が観たものを、感じたことを、何とかして形に残さなくてはならない、そして伝えなくてはならないと思った。私は電子メール計4通にしたためてフェスのレポートを友人数人に送信した。私のメールを受け取った友人からは、迷惑がられたり、無視されたり、喜ばれたり、感動されたり、出版社に送ることを薦められたりした。
そしてその1年後、フェスティバルは場所を東京に移して開催された。私はその直前に自分のHPを立ち上げていた。初心者向けのhtml本を片手に、自分が観に行ったライヴのレポートやコラムなどをまとめ上げた素人HPもいいところだったが、結構気に入っている。このときのフェスは成功を収め、私のレポートは前年のものに比して分量が大幅に増え、当然のように力が入った。
そして、これにより以後の私の生活は一変する。
東京圏はもとより、札幌、福島、新潟、名古屋、大阪、京都、沖縄、果ては海外まで、と、ネットを通じて素晴らしい人脈ができあがった。年齢もさまざま。下は高校生から、上は小学生のお子さんを持つ方まで。以後ライヴ会場で会ったり、オフ会を開催したり、もう絶対に観れないだろうとあきらめかけていたビデオを貸してもらったりということもあった。また、それまで私はほとんど洋楽しか聴いていなかったのだが、ネット上の皆さんに教えられて日本のロックにも触れるようになった。昨年の暮れは大阪で総勢20名でのオールナイトの忘年会に参加し、年末は札幌に飛んで一緒にスキーも滑った。境遇のまるで異なる人たちとネットを通じて知り合い、共に楽しい時間を過ごすことができたのだ。つい先日も、今年のフェスの会場までネットで知り合った仲間たちと下見に行って来たばかりである。こんな素晴らしいことが私の今までの人生の中であっただろうか。
私の中で覚醒したもの。それは文章を書くということだった。私はもともと文章を書くのが好きだった。得意だと思ったことはないが、親や学校の先生にも褒められていたのを思い出した。だけど、私はいつのまにか「書く」ことをやめてしまっていた。面倒になっていたのかもしれない。HPを立ち上げたことにより、私が書いた文章に対してさまざまなリアクションをいただいた。自分が書いたものを読んで心を動かされた人がいたというのは、やはり素直に嬉しかった。もちろん批判の声もいただいた。イチロー選手の「バッティングは生き物」という発言ではないが、私の文章、私の表現の手法もまた生き物であり、今後も試行錯誤は続く。
今や私にはインターネットなしの生活は考えられない。朝起きてから会社に行くまでのわずかな時間でもネットをつなぎ、帰宅後もスーツを脱ぎながらパソコンの電源を入れている有り様である。パソコンの普及率が今後益々高くなるのは明らかであり、かつてのラジオやTVやビデオが家庭に浸透したように、誰でもが気軽に使えるツールになることだろう。しかし、パソコンやインターネットがそれらと決定的に異なるのは双方向性にあると思う。情報をただ受けるだけではない、それを自分なりに吟味して逆に発信することができる。表現者であるアーティストがこのニューメディアに新たな可能性を見出すのも半ば当然であろう。そして、私たち1人ひとりも実は表現者なのだ。自分が思い、自分が感じたことを外部に向かって発信したいという気持ちさえあれば、それを成し得ることができると思うのである。
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