Paul Weller
=ポール・ウェラー=






 ミュージシャンとしても、そしてひとりの男としても、ポール・ウェラーはとっても素敵でカッコいい年の取り方をしている。ウェラーのキャリアはもちろん、ウェラーが書いた曲、ウェラーの音楽に対するひたむきな姿勢・・・、これらを見るにつけ、つくづくそう思う。


ザ・ジャムは、デビューしたときこそパンク・ムーヴメントの中にあった(とみなされていた)。しかしモータウンや黒人R&Bを基盤にした音楽性、及びモッズファッションというスタイルは、パンクとは一線を画している。そしてやがては70's後半のUKを代表するロックバンドとなり、人気、実力とも絶頂にある中で解散を宣言。そのあまりにも潔すぎる引き際は、ロックバンド解散の理想形にも思えた。


スタイル・カウンシルは、シンプルでストレートだったジャムとはまた違ったアプローチで、バラエティに富んだ音楽性を展開させた。ここでまたしてもピークを迎えるが、後期は自らが仕掛けた罠にはまり、袋小路に閉じ込められるようにして行き詰まり自滅。ウェラーはどん底を経験することになる。


3ピースバンド、不定形のユニット、というスタイルで活動を続けて来たウェラーに残された最後の切り札は、やはりソロミュージシャンとしての再出発だった。本国イギリスでは当初不遇を強いられるが、いち早く手を差し伸べた日本のレコード会社によって活動を再開。ルーツ回帰から自己の音楽性を切り開き、'95年発表の『Stanley Road』で実に3度目となるピークを迎えることになる(個人的には違和感ありますが)。


当時イギリスのムーヴメントだったブリットポップ。ウェラーは"ブリットプップの総帥"としてノエル・ギャラガーを始め若きミュージシャンたちに最敬礼で迎えられる一方、スティーヴ・ウィンウッドやポール・マッカートニーなどの偉大な先達との共演を果たす。この人脈の幅広さこそが、ウェラーがこれまでに成し遂げてきた仕事の重さ、そして大きさを物語っているのだ。











ソロ活動も順調と思われていた矢先、引退宣言とも取れる発言が本人から放たれる。ミュージシャンとしてやることをやり尽くしてしまって満足したのか、それとも克服し難い壁にぶつかって打ちひしがれているのか、その答えはまもなくはっきりするはずだ。


















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