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フィリップ・K・ディック『ユービック』

フィリップ・K・ディック『ユービック』

1992年。グレン・ランシターは、不活性者(超能力者に対抗しうる能力者)を集めた警備会社を経営していた。ある企業から依頼を受けたランシターは、超能力測定技師ジョー・チップと不活性者らを伴って月に向かう。しかし、潜入していたヒューマノイド爆弾が爆発し、ランシターは重傷を負う。

ジョーたちはランシターを冷凍保存し、月を出て地球に戻る。しかし、その後ジョーの周囲で奇妙な出来事が頻発する。貨幣にランシターの肖像画が描かれていたり、周囲が1939年に退行していたり。やがて、ジョーの仲間たちは次々に命を落とし、ジョーも生命の危険に直面。そうした中、ランシターがジョーに断片的にメッセージを送る。実はランシターは生きていて、ジョーたちの方が瀕死で冷凍保存されていた。

1969年に刊行。フィリップ・K・ディックは、この前年には『ブレードランナー』の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を発表。この人が何度目かのピークを迎えていた時期になるそうで、本作はキャリアを代表する作品のひとつになる。

この作品では、2つの画期的なSF描写がある。ひとつは「半生者」で、瀕死あるいは死亡直後の人間を冷凍保存することで、延命させると共に特殊な能力を備えた能力者になる。ランシターは年下の若い妻エラを失うも、冷凍保存させて時折面会し、アイディアを授かっている。そして、終盤でジョーを救うのがなんとエラで、この伏線回収には感動する。タイトルの「ユービック」は、半生者の世界の中で延命措置をおこなうスプレー缶のことだ。

もうひとつは、時間が逆行(退行と表現されている)するという概念だ。全く同じではないが、一昨年クリストファー・ノーラン監督の『テネット』で映像表現されている。文字で読むのと映像で観るのとでは、やはり後者の方が入ってくるが、退行の概念を50年も前に考えて世に出していたのはすごい。

当時からすれば、1992年は科学が発達した近未来と想定されたかもしれない。しかし、とうに過ぎ去った現実の1992年は、携帯電話は普及前で、せいぜい富豪が大型機を持ち歩くくらい。インターネットは、誕生するかしたかという状況。宇宙航行は、現在でも夢のまた夢の状態だ。ディックのイマジネーションは、現実を遥かに凌駕しているが、この人がいたからこそ、後のクリエイターや技術者たちがいられるのかもしれない。

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