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ピンク・フロイド(Pink Floyd)『原子心母(箱根アフロディーテ50周年記念盤)Atom Heart Mother』

Pink Floyd『原子心母(箱根アフロディーテ50周年記念盤)Atom Heart Mother』

ピンク・フロイドが1971年にリリースしたアルバム、『Atom Heart Mother』。日本では、直訳した邦題『原子心母』が定着している。その50周年記念盤が、日本限定でリリースされた。

このアルバムが日本人にとって特別な意味合いを帯びているのは、リリースの翌1971年に初来日を果たし、野外フェスティバル「箱根アフロディーテ」に出演したからだ。その名の通り箱根で開催され、国内外のアーティストが集結。海外アーティストを据えたフェスとしては、日本初とのことだ。

今回の記念盤は、アルバムのリマスターはもとより、プラスアルファが充実している。フェスのパンフレットやポスター、チケットの復刻。主催者であるニッポン放送の関係者や、当時は一般客としてフェスを体験し、後に音楽祭業界に関わる人たちによる証言。写真満載のブックレット。パッケージ内に記載されているURLから特設サイトを閲覧すると、更にディープな内容を確認することができる。海外で開催されたウッドストックやモントレーなどの野外フェスを日本でもやろうという気概に、読んでいて痺れる。

そして、目玉はブルーレイだ。16分と3分の映像が、それぞれ収録されている。前者は、箱根でのフロイドの演奏シーンを軸にしつつ、羽田空港到着、記者会見、新幹線での移動(箱根の後は大阪で単独公演をおこなっていた)など、オフショットを取り混ぜている。この映像を撮影したのは、2人の日本人。レコード会社やニッポン放送の関係者ではなかったが、バンド側と接触して撮影を許されたとのこと。フロイドは翌1972年にも来日しているが、2人は撮影した映像を見せ、フロイド側も満足していたとのことだ。

3分の後者は、バンドのクルーが撮影。当時はリリース前だったが箱根で演奏された『Echoes』を流しつつ、トラックによる高速道路の移動や設営風景などが収められている。当たり前だが、海外アーティストの来日公演が実現するために、多くの日本人が関わっていたことを痛感する。

個人的には毎年フジロックに行っているが、洋楽アーティストを軸にした日本の野外フェスの原点が、ここにあると感じている。第1回箱根アフロディーテと銘打たれていたのに、結局2回目はなく、単発で終わってしまったそうだ。しかし、単発だったからこそ、こんにちまで語り継がれる伝説のフェスになったのだと思う。

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